従軍記者の日記 49
「そんなに笑わなくてもいいじゃないですか!人間苦手なものくらいありますよ!」
伊藤が言い訳をする。クリスもようやく笑いが引いて、一つの疑問を口にしようと思った。
「伊藤中尉、あなたは知っていましたね。彼女の存在を」
そのクリスの言葉に、緩んでいた隼の表情は急に引き締まった。予想はしていた、しかしこれほど早くその質問が来るとは思わなかった。そんな表情でクリスを見つめる伊藤。だが彼は何も言葉を発することも無くそのままクリスを本部の建物へといざなった。
「意外と痛みはないでしょ?とても二十年間放置されてきたとは思えないくらいですよ」
確かにその通りだ。そうクリスにも思えた。コンクリートの建物の天井や壁を眺めて、亀裂一つ入っていない様を確認していた。
「おう、伊藤か。ご苦労だねえ」
灰皿がいくつも置かれたロビーの隅。嵯峨がタバコをくわえて座っていた。
「先ほどの質問なら隊長がお答えしますよ」
そうクリスの耳元でささやくと政治将校である伊藤隼中尉は敬礼して立ち去った。
「あいつも忙しいからねえ」
嵯峨は淡々とそう言いながらタバコをふかす。煙の匂いに眉をひそめながら、クリスは質問をする決意をした。
「あの、嵯峨中佐は……」
「先に答えちゃおうか?知ってた」
まるで質問を読みきったように、嵯峨はそう言いきった。クリスは言葉を継ごうとするが、嵯峨の反応はそれよりはるかに早かった。
「俺のばあさんの家臣だったナンバルゲニア・アサドがばあさんが死んでからここに引っ込んだのは知ってたからな。それに彼にはあの森で見つけたシャムラードと言う養女がいたのもまあ聞いちゃあいたんだ」
そう言うと嵯峨はすっきりしたとでも言うように天井にタバコの煙をはいた。
「それじゃあ……」
「白いアサルト・モジュールのことか?ホプキンスさんも知ってるだろ?遼南が初めて実戦に使ったアサルト・モジュール『ナイト・シリーズ』のこと。遼南、新華遺跡で発掘された人型兵器のコピーとして東和との共同開発で製作されたアサルト・モジュール。まあ、生産性とか運用効率とか度外視して、しかもワンオフの機体だから当時戦艦三隻分の予算がかかったという話だねえ」
すべては承知の上での行動だった。クリスは嵯峨が悪名をとどろかせている意味がようやくわかった気がしてその隣のソファーに腰を下ろした。