従軍記者の日記 46
「シャムちゃん。ずっと一人だったの?」
しばらくの沈黙のあと、ハンドルを握るキーラが耐え切れずに口を開いた。
「そうだよ。ずっと一人」
こんな少女がただ一人で森の中でひっそり生きてきたのか、そう思うとクリスはやりきれない気分になった。地球人がこの星を征服して以来、遼南の地が安定したことはほとんど無かった。常にこういう子供達が生まれては死んでいく。そんな歴史だけがあった。
「大変じゃなかったのかい?食事だって……」
「一人で暮らすのは慣れてるから大丈夫だよ。それに最近は熊太郎が一緒にいてくれるから。ねえ!」
後ろの荷台に乗った熊太郎がシャムの言葉に答えて甘えた声を出す。
「キーラさん。新しい基地の方は」
クリスの言葉に、キーラは彼の方を見据えた。複雑な、どこか悲しげな瞳にクリスは違和感を感じた。
「廃村と聞いているのですが……」
「ええ、人っ子一人いないわよ。まあ、あれを見ればどうして居ないのかよくわかると思うけど」
キーラの棘のある言葉にクリスはそれ以上質問するのをやめた。この20年ほどの戦乱で北兼の村が廃村になることは珍しいことではない。ある村は軍に追われ、ある村はゲリラに攻められ、ある村は共和政府の憲兵隊に追い散らされた。周辺国に、あるいは国境の手前に難民キャンプを作っている人々の数は三千万を軽く越えていることだろう。遼南ではありふれた風景、クリスもその住人の絶望した表情を嫌と言うくらい見てきた。そして彼はクライアントの気に入るように、彼らの敵をクライアント達の敵であると決め付ける文章を書くことを生業としてきた。
「見えてきたわね」
キーラが高台の開けた道に車を走らせる。彼女の視線の先には、北兼ではそれほど珍しくも無いような山岳民族の集落が広がっている。その向こうに異質な存在を誇示している、嵯峨が保養所と呼んだ大きな宿泊施設がみえる。その周りでは、機材を運び込んでいる部隊員の姿がちらほらと動いている。
「普通の村ですね」
クリスの言葉にキーラの鋭い視線が飛んだ。不思議そうな顔をするクリスに彼女はあきらめたようにヘッドライトの照らす道に視線を戻した。
「そうね、ここから見る限りは普通の廃村よ。私もそうだと思い込んでいたから」
車は次第に山を下り、崩れかけた藁葺きの屋根が続く村の大通りに入った。
「あれ、こちらでは本部には……」
「いいのよ。ホプキンスさんには見てもらいたいものがあるから」
キーラの声は冷たく固まっていた。クリスは後ろのシャムにも目を移してみた。そこには真剣な顔で熊太郎の頭を撫でているシャムの姿があった。