従軍記者の日記 44
にらみ合う二人。少女はしばらく嵯峨の言葉の意味が分からないと言う顔をしていた。しばらくして嵯峨が言った事が自分がその主君であると言う意味だと理解すると口を尖らせて嵯峨に歩み寄った。
「なら!血の誓いが出来るでしょ!」
からかわれているとでも思ったのか、少女はむきになってそう叫んだ。
「血の誓いか。ムジャンタ王室に伝わる眠れる騎士を部下に迎える時の儀式。まあ俺の祖母さんの時は儀礼として行われていたそうだが……やりましょ」
そう言うと嵯峨は腰の兼光を抜いた。そのまま彼は右手の親指に傷をつけ、少女の前に差し出した。一礼をすると少女は嵯峨の血を舐める。その時クリスは奇妙な光を見た。日は落ちかけていた。紺色に染め上げられようとしている空の下、少女の体が薄い緑色の光に包まれていった。クリスは驚きつつも冷静を保つべく周りを観察する。
誰もがその光景を見て呆然としていた。
「何?何が起こっているの?」
明華がそうつぶやいた。
「騎士、シャムラードはここに誓う。我は汝の剣にして盾、矛にして槍。我ここに汝の臣として久遠の時を生き汝を守らん」
少女の声は凛としてクリスの耳の奥に届いた。薄緑色の光は次第に弱まり、そのまま少女は倒れこんだ。
「おい、誓うだけ誓ってお寝んねはねえだろ」
そう言うと嵯峨は少女を抱き起こした。
「殿下……」
「ああ、そうらしいな。それよりお前の名前何とかならんか?ナンバルゲニア・シャムラード。一々面倒くさくていけねえ」
嵯峨はそう言うと少女が自分で立てるのを確認するとタバコを取り出した。
「シャム。シャムでいいよ」
少女が明るくそう答えた。それまでのどこか怯えたような目の色は消え、好奇心が透けて見える元気そうな瞳がその埃で汚れた顔の中に浮かんでいる。
「じゃあ、シャムって呼ぶ……お前等何してんの?」
白いアサルト・モジュールのコックピットに取り付いていた兵士達が転がり落ちる。嵯峨は火をつけたタバコをくゆらせながら声をかけた。
「熊です!熊がコックピットの中に!」
コックピットから現れたのは二メートルはあろうかと言う熊だった。
「なんだ。コンロンオオヒグマの子供じゃねえか。銃なんてしまえ。おい、シャム。あれはお前の連れか?」
嵯峨はそのまま熊に向かって歩き出しながらシャムに尋ねた。
「そうだよ。アタシの一番のお友達!」
元気に答えるシャムを見ながら嵯峨はコックピットから降りようとしている熊のそばまで歩いていった。
「元気で賢そうな熊だな。おい、シャム。コイツの名前はなんだ?」
嵯峨のその言葉にシャムは元気よく答えた。
「クマだよ!」
その言葉に嵯峨は呆れたように天を見上げた。