従軍記者の日記 43
「青銅騎士団ねえ。ムジャンタ王朝末期のムジャンタ・ラスバ女皇の親衛隊だな。じゃあナンバルゲニア団長。君の仕える主は誰だ?騎士なら主君がいるだろう?」
タバコをくわえたままニヤニヤしながら嵯峨は少女に近づいていく。
「アタシの主はただ一人。ムジャンタ・ラスコー殿下だ!」
少女がそう言いきると嵯峨は腹を抱えて笑い始めた。クリスは一瞬なにが起きたのかわからないでいたが、少女の主の名前を何度か頭の中で再生すると、その言葉の意味と嵯峨の笑いがつながってきた。
「おう、そうか。で、そのムジャンタ・ラスコー殿下はどこに居られますか?騎士殿」
笑いを飲み込んだ嵯峨はそう言うとさらに少女に近づいていく。
重機関銃を載せた四輪駆動車が到着した、そこから下りた明華とキーラは歩兵部隊を下がらせて一人、笑顔で歩いている嵯峨を見つけた。彼は白い見たことも無いアサルト・モジュールのコックピットに立つ少女に向けてニヤニヤと笑いながら近づいていく。二人ともいつもの嵯峨の悪い癖を見たとでも言うように半分呆れながら状況を観察していた。
「それは……わからない!」
「威張れることじゃねえが俺は知ってるよ。その青っ白い王子の成れの果てが何してるか」
嵯峨はそう言うと再び笑いそうになるのに耐えていた。少女は不思議に思いながら歩いてくる嵯峨の前に降り立った。彼女も恐る恐る嵯峨に近づく。
「意外にそいつはお前さんの近くに居たりするんだなあ」
嵯峨はここまで言うと耐え切れずに爆笑を始めた。取り巻く彼の部下達は半分は呆れ、半分は笑いをこらえていた。ハワードは先ほどからシャッターを切っている。彼なりにこの光景が一つの歴史の転換点になると思っているのだろう。クリスはただ嵯峨の言葉がどこに着地するのかを見守っていた。
「ムジャンタ・ラスコー。前の遼南帝国の最後の皇太子。父、ムジャンタ・ムスガに疎まれ追放の憂き目に会う。そしてそのまま北兼王として流罪にされるわけだが、ムスガに愛想をつかした譜代の家臣と反乱を起こすが、戦い敗れて東和を経て胡州帝国西園寺家の養子に迎えられた」
そこまで言うと嵯峨は吸っていたタバコを放り投げもみ消した。
「西園寺家では、三男、西園寺新三郎と名乗り、胡州陸軍に入り外務武官として東和に赴任。その後エリーゼ・フォン・シュトルベルグと結婚。これを機に胡州四大公家嵯峨家を継ぎ嵯峨惟基と名乗った」
少女は嵯峨の言葉を一語も漏らすまいと聞き耳を立てている。
「嬢ちゃん。その嵯峨とか言う軍人が今どこで何しているか、知りたいだろ?」
「うん……」
少女は静かに頷いた。
「今な、そいつはお前さんの目の前で身の上話をしているんだ」
嵯峨のその言葉に少女はただ呆然として腰の短刀の柄から力なく手を離した。