従軍記者の日記 36
「なるほど、しかし、先ほどの戦闘での撃墜数は5機を越えていましたね。見事なものですよ」
そう言ったクリスの目を鋭い嵯峨の視線が射抜いた。
「あのねえ、ホプキンスさん」
感情を押し殺すように一語一語確かめながら、真剣な表情の嵯峨が話し始めた。
「撃墜数を数える?自分の殺した人間の数を数えて何になるんですか?あいにく俺にはそんな趣味はないですよ」
「はあ……」
初めて直接的な嵯峨の殺気を感じた。いつもの皮肉屋で自虐的な笑みを浮かべている中年男の姿はそこには無かった。
「さてと、腹も膨れたしちょっと仕事をしようかねえ」
そう言うと嵯峨は脇に置いてあった通信端末を開いた。正面に展開される画像。まずそこには地図が映し出された。クリスも自然とそれを覗き込んでいた。
「合衆国陸軍が移動していますが……この方向は?」
「三日前に共和軍から香麗さんが奪い取った湖南川沿岸地域ですね。まあ順当な作戦ですね。この地域を押さえれば東モスレムへの街道が開ける。当然アメちゃんとしてもこの地域の確保は最優先事項というわけですか」
嵯峨はそう言うと後方の補給部隊の動きをあらあわすグラフを展開させた。
「この情報も大須賀さんの絡みですか?」
「まあ、大須賀は元々楠木の部下ですからね。大須賀経由の話もありますが、それ以外に楠木が築いたネットワークだとかいろんな情報をまとめてあるんですわ。まあ俺にも一応は遼南帝国の末裔としてのコネもあるもんで」
そう言うと嵯峨は携帯端末をいじりながらタバコを取り出し火をつけた。
「なるほどねえ。東和の支援物資の共和国軍への移送が停止されたか。足元がお留守になってるじゃないですかエスコバル大佐」
「バルガス・エスコバルですか?確か共和国軍西部方面軍参謀長でしたね」
クリスは携帯端末上の画面に映された画像を見つめていた。遼南共和国ゴンザレス大統領の腹心中の腹心であり、その残忍な作戦行動から王党派や人民軍を恐れさせた非情の指揮官。
「そして非正規戦闘部隊の通称バレンシア機関のトップでもある男ですな」
嵯峨の言葉は衝撃的だった。バレンシア機関。実在さえ疑われているゴンザレス大統領の私兵。不穏分子の抹殺や外国人ジャーナリストの拉致などを行っているとされる特殊部隊である。その過激な活動に、資源輸出条約の締結のために訪問した使節団が各方面からの圧力に負けてその存在の確認を求めた時にはゴンザレス大統領は『そのような機関はわが国には存在しない』と明言した暗殺組織。
「あちらも本気。こちらも本気。まああれですな、根競べですよ」
そう言うと嵯峨は味噌汁を飲み干した。