従軍記者の日記 34
「戦争屋だからですよ。我社の目的はあくまでも北兼台地の鉱山群と、それに付随するインフラの警備。これまでの協力体制はアメリカ軍と共和軍の協調体制が保たれていることを前提に契約された内容を履行しているに過ぎないわけですが。現在そのアメリカ軍との共同作戦に問題が発生している以上……」
そう得意げに言葉を続ける吉田はエスコバルの歪んだ口元を見て言葉を呑んだ。エスコバルは吉田の表情を観察している。
『なんだ、コイツの顔は?まるで餓鬼がゲームを楽しんでいるみたいじゃないか!』
エスコバルはそんなそれを口にするつもりは無かった。菱川警備保障。遼州だけでなく地球のアフリカや中東の紛争地帯にまで部隊を派遣する大手民間軍事会社。その一番の切れ者として知られる吉田俊平少佐。相手が悪すぎることぐらいエスコバルにもわかった。
「我社は現状では本来の業務である鉱山とインフラの警備に全力を割かせて頂きます。防衛会議の我々の協力事項はすべて白紙に戻させてもらいますのでご承知おきを」
そう言うと吉田は立ち上がった。呆然と彼を見送るエスコバル。吉田は部屋を出るとドアの前で待っていた副官の中尉を呼びつけた。
「やはりアメリカは嵯峨との直接対決を避けましたか」
吉田は頷きながら満足げに笑みを浮かべた。
「良いじゃないか。これで懸賞金を独占できるんだ。せいぜい共和軍には我々が嵯峨の首を取るためのお膳立てに奔走してもらおう」
そう言って歩き始める吉田に端末を示して見せた副官。
「また懸賞金が上がったという連絡が入りましたよ」
その言葉に吉田はにんまりと笑顔を作った。
「それはいい!それと各部隊員には通達しておけ。黒いアサルト・モジュールには手を出すなとな。あれは俺の獲物だ」
「了解しました。少佐の思惑通り動きますよ、我々は」
それなりに実戦をくぐってきたのだろう、頬に傷のある副官はそう言うとにやりと笑って見せた。
「黒死病だか人斬りだか知らねえが、所詮は青っ白い王子様の成れの果てだ。それほど心配する必要はないだろ?」
そう言うと目の前で談笑していた共和軍の将校を避けさせて二人は進む。北兼台地の中心都市アルナガの共和軍本部。そのビルの中は黒いアサルト・モジュールが現れたということで、吉田が会議に出席するために三時間前に到着した時からの喧騒が続いていた。
「しかし、共和軍はあてになるのですか?」
「まあ、ならないだろうな。そのことは端から織り込んで俺がここにいるんだろう?嵯峨惟基。いや、ムジャンタ・ラスコー!今度こそ奴の首は俺が取る」
そう言うと吉田は晴々とした顔で共和軍本部の建物をあとにした。