従軍記者の日記 33
「支援は出来ない?!じゃあ何のためにあなた達は遼南に来たんですか!」
そうスペイン語訛りの強い英語で叫んだのは、遼南共和国西部方面軍区参謀バルガス・エスコバル大佐だった。スクリーンに映し出されたアメリカ陸軍遼南方面軍司令、エドワード・エイゼンシュタイン准将はため息をつくと、少しばかり困ったように白いものの混じる栗毛の髪を掻き分けた。
「我々は遼南の赤化を阻止するという名目でこの地に派遣されている。そのことはご存知ですね?」
「だから人民軍の手先である北兼軍閥を叩くことが必要なんじゃないですか!」
エイゼンシュタインの曖昧な出動拒否の言い訳を聞いていると、さすがに沈黙を美徳と考えているエスコバルも声を荒げて机を叩きたくもなった。
「単刀直入に言いましょう。我々は嵯峨惟基と戦火を交えることを禁止されている。それは絶対の意思、国民の総意を背負った人物からの絶対命令です。いいですか?これはホワイトハウスの主の決定なのです。つまり、我々に黒いアサルト・モジュールとの交戦は決してあってはならない事態と言うことになります」
聞き分けの無い子供をあやすようなその口調は、さらにエスコバルの怒りに火をつけた。
「つまり、魔女共を潰すことならいくらでもやるということですか?」
大きく息をしたあと、エスコバルはこの言葉を口にするのが精一杯だった。
「そちらは任せていただきたい。現在アサルト・モジュール二個中隊を魔女共粉砕のために投入する手はずはついている。さらに東モスレムの我々に協力的なイスラム系武装勢力にも十分な支援を行う準備もしています!」
エスコバルの怒りに飲まれないようにと注意しながら画像の中のエイゼンシュタインは額の汗をハンカチで拭った。
「そちらの方は期待していますよ」
「嵯峨惟基には賞金がかかっています。撃墜した際にはぜひ……」
エイゼンシュタインの言葉が終わる前にエスコバルは通信を切った。
「なにが撃墜した際だ!嵯峨惟基との戦闘は禁止されているだ?グリンコはいつからそんな腰抜けになったんだ!」
エスコバルはグリンゴと言うアメリカ兵の蔑称まで叫ぶと、怒りのあまり高鳴る胸を押さえながら執務室の机に腰掛けた。
「あらー。これはだいぶ話が違うんじゃないですか?」
ソファーから声が聞こえた。エスコバルは再び胸を押さえながら立ち上がった。そこには遼南共和軍とは違う東和陸軍風の夏季戦闘服に身を包んだ若い男が風船ガムを膨らませながら横になっていた。北兼台地防衛会議を終えたエスコバルにつれられてこの会議でアメリカ軍からの支援を受けるところを見せ付けてやろうと意気揚々とエスコバルがつれてきた男。
「吉田君。グリンコの連中が怯えて……」
「そう言う問題じゃないでしょ?共和国とアメリカ軍は一体となって北兼台地の菱川鉱山の施設を防衛してくれるという話だから我々は共和国軍に協力してきたわけだ。それが……はあ」
ため息と挑戦的な目つきに再びエスコバルは怒りを爆発させる。
「戦争屋が指図をする気か!」
エスコバルは息を荒げながら再び机を叩いた。ガムを噛む将校。吉田俊平はそんなエスコバルを同情と侮蔑の混じった目で見つめていた。