従軍記者の日記 3
北兼への補給路である街道を走り続ける車があった。その外には視界の果てまで続く茶色い岩山だけが見えた。
クリスは照りつける高地の紫外線を多く含んだ日差しに閉口しながら、疾走する車の助手席で雑誌を読み続けていた。
「まったく、遼州では紙媒体のメディアが主流を占めていると言うのはどういうことなんだろうな。この禿山だ。このままでは地球の二の舞を舞うことになるぞ」
クリスはそう言いながら後部座席の大男に叫んで見せた。
「そんなことは無いだろ?この星の人口は地球の五分の一だ。それに技術レベルは地球のそれとはあまり変わらない。紙をはじめとする製品のリサイクル技術は見るべきものがあるよ。むしろこういう紙媒体とかにこだわると言うポリシーは俺は好きだぜ」
窓を開け外の空気を吸いながら、相棒である大男ハワード・バスは黒い筋肉質の右腕で体を支えながら、時折見える遊牧民達を写真に収めていた。
「あまり刺激しないでくださいよ。山岳民族との共存は人民政府の成立宣言の中にも明記されている重大事項ですから」
クリスの右隣の運転席。そこには岩山の色によく似た遼南人民軍の大尉の制服を着た伊藤隼が運転を続けていた。その腕の鎌にハンマーのワッペンが縫い付けられている。それは彼が人民党の政治将校であることを示していた。
道は千尋の谷に沿って延々と続いている。
「しかし、誰もが必ず銃を持っているな。危険では無いのですか?」
クリスの質問に伊藤は笑って答える。
「彼らの銃は我々を撃つためのものではありませんよ。残念ながら我々には彼らを守るだけの戦力が無いですから。その為に自衛用の武器として北兼軍団が支給しているものです。まあ、野犬達から家畜を守るために発砲するのに使った弾丸の数まで申告してもらっていますから問題はありませんよ」
そう言いながら決して路面から目を離そうとしない伊藤。遼南人民共和国の首都とされる北天州最大の都市北都を出て二日目になる。途中、北兼山脈に入ったばかりの地点で、三ヶ月前の北天包囲戦に敗れ孤立した共和政府軍の残党との戦闘がやむまで足止めを食らったものの、クリス達の旅は非常に順調なものと言えた。
「このトンネルを抜ければかなり景色が変わりますよ」
伊藤はそう言うと巨大なトンネルの中に車を進める。点々とナトリウム灯の切れているところはあるものの、比較的手入れが行き届いているトンネルに入る。オレンジ色に染まった自分の手を見ながら、クリスはトンネルの内部を観察した。
「このトンネルは北兼軍閥の生命線ですから、常に点検作業と補修は行き届いています。まあ、三ヶ月前の北天攻防戦以降は補修スタッフも軍への協力が求められているんでこれからの管理については頭が痛いですが」
相変わらず真正面から視線を外そうとしない伊藤の言葉に、助手席のクリスは苦笑いを浮かべた。
「しかし、なぜ我々を指名で呼んだのですか?私の経歴は調べたと言っていましたが、当然その中には私の記事も含まれていると思うんだけど」
その言葉にようやく伊藤は一瞬だけクリスの顔を見た。そして再び視線を正面に据えなおした。
「まず言葉の問題ですね。あなたの日本語は非常にお上手だ。遼南では日本語が話せれば一部の例外的地域を除いて事は済みます。我々には通訳付きの環境が必要な記者を必要としていない。それに記事についてなら隊長が言うには『信念の無い記者は百害あって一理も無い』ということを言われましてね。それが理由です」
そう言うと、伊藤は車を左の車線に移した。コンテナを満載したトレーラーがその脇をすれ違っていく。クリスはそれでも納得できなかった。
自分では信念が無い記事を書いてきたと思っていた。どれも取材を依頼した軍の広報がすべての記事をチェックしてそれから配信が認められるのは戦場では良くある話だった。それに逆らうつもりはクリスには無かった。捕虜が無慈悲に射殺され、難民が迫撃砲の的になっていることもただ担当士官の言うようにその記事を消し去って記事を作ってきたのが現状だった。
クリス達を指名した嵯峨惟基が胡州の大貴族の出身であることを知っているだけに、伊藤の言葉は嫌味にしか聞こえなかった。