従軍記者の日記 28
「まずはこんなものかなあ」
対アサルト・モジュール装備を一通り潰し終えた嵯峨は吸っていたタバコをコンソール横の取ってつけたような灰皿に押し付けると森から機体を浮き上がらせた。クリスはそこで先ほどまで押さえてきた吐き気が限界に近づいてきたのを感じていた。
「ちょっといいですか?」
「吐かないでくださいよ!今からちょっと寄り道しますから」
相変わらずあざ笑うような顔の嵯峨。彼の言葉に従うように機体を北へ転進させる。クリスに気を使っているのか、緩やかな加速で胃の中のものの逆流は少し止まりクリスはほっと息をついた。
「前衛部隊は峠に差し掛かった頃じゃないですか?」
吐き気をごまかすためにクリスはそう言った。
「まあ、そんなものでしょうね。ですが、あそこの峠は峻険で知られたところでしてね。確実な前進を指示してありますから全部隊が越えるには一日はかかるでしょう」
嵯峨はそう言うと再び振り向く。うっそうと茂る森を黒い四式が滑っていく。向かっている先には北兼の都市、兼天があるはずだとクリスにもわかった。北兼軍閥の支配地域。目を向けた先にはそれほど高い建物は無いものの、典型的な田舎町が広がっていた。
視線を下ろせば畑の中に瓦葺の屋根が並び、その間を舗装された道路が走っている。
「北兼軍総司令部に戻るんですか?」
「いやいや、そんなことで紅茶オバサンとご対面したら『何やってるんだ!』ってどやされるのがおちですから弾薬補給したらまた動きますよ」
そう言うと嵯峨は機体を急降下させた。
「嵯峨機!進路の指定を……!嵯峨機!」
管制官の叫び声を無視して強行着陸を行う嵯峨。着いたのは兼天基地。『魔女機甲隊』と呼ばれる周香麗准将率いる北兼軍閥最強の部隊『北援軍』が後衛基地として運用している土地だった。
「やはりこっちは物資も豊富だねえ」
嵯峨は説得をあきらめた管制官から誘導を引き継いだ基地の誘導員にコントロールを任せながらつぶやいた。
「あれはM5じゃないですか?」
片腕が切り落とされ、コックピット周りに被弾したM5がトレーラーに乗せられて運ばれていくのが見える。
「アサルト・モジュールは貴重だからね。回収したんでしょう。それにしても贅沢な戦争してるよなあ、周のお嬢様の部下達は」
たしかに整備された管制塔付きの基地。どちらが軍閥の長かわからない有様だ。そんな基地を誘導されるまま倉庫に向かう嵯峨の四式。修理を終え、前線に送られる胡州の輸出用アサルト・モジュールの一式が並んでいる。几帳面に並べられたミサイルやレールガンの数は嵯峨の貴下の部隊の比ではない。
「嵯峨中佐。補給ですか?」
モニターに映し出されたのはプラチナブロンドの女性オペレーター。たぶん彼女もセニア達と同じ人造人間なのだろう。ピンク色の髪に違和感を感じるクリス。
「ああ、早くやってくれ。お客さんを待たすのは趣味じゃないからな」
そう言うと嵯峨は装甲版とコックピットハッチを跳ね上げた。北の遼北国境から吹きすさぶ冷たい風が心地よく流れ、クリスはそれまで耐え続けていた吐き気から解放されることになった。