従軍記者の日記 27
「あなたは何者なんですか?一人のエースが戦況をひっくり返せる時代じゃないでしょ!」
嵯峨の自信過剰ともいえる言葉に悲鳴を上げるクリス。振り返った嵯峨の笑みに狂気のようなものを感じて口をつぐむ自分を見つけて背筋が凍った。しかし、その狂気は気のせいかと思うほどに瞬時に消えた。そこにいるのは気の抜けたビールのような表情をした人民軍の青年士官だった。
「まあねえ……それが正論なんですが……それにしても出てこないねえ。こりゃあ上で揉めてるなあ。仕方ない、こっちから遊びに行ってやるか」
各種センサーに反応が無いのを確認すると軽くパルスエンジンを始動させて森の中をすべるように機体をホバリングさせて進む。嵯峨惟基は百戦錬磨のパイロットでもある。それくらいの知識は持っていたクリスだが、巨木の並ぶ高地を滑るように機体を操る嵯峨の腕前には感心するばかりだった。進路は常にジグザグであり、予想もしないところでターンをして見せた。
「そこ!砲兵陣地ですよ!」
クリスが朝日を受けて光る土嚢の後ろに砲身を見つけて叫ぶ。しかし、嵯峨は無視して進む。自走砲、と観測用のアンテナが見える設営されたばかりのテント。嵯峨の四式はあざ笑うかのようにその間をすり抜けて進む。
「なかなか面白いでしょ」
嵯峨は完全に相手を舐めきったかのように敵陣を疾走する。
「後ろ!アサルト・モジュール!」
クリスの言葉は意味が無かった。左腕のレールガンの照準がすでに定まっていた。レールガンの連射に二機の97式改は何も出来ずに爆風に巻き込まれた。
「さあて、エスコバル大佐。ちょっとはまともな抵抗してみてくださいよ」
嵯峨の言葉はまるで遊んでいる子供だった。共和軍は焦ったように戦闘ヘリを上げてきた。嵯峨はまるで相手にするそぶりを見せずに基地のバリケードを蹴り飛ばした。
「任務ご苦労さん」
そう言うと右腕に装着されたグレネードを発射する。敵前線基地の施設が火に包まれていった。
「やりすぎではないんですか?」
前進に火が付いて転げまわる敵兵が視線に入る。クリスはこの狂気の持ち主である嵯峨に恐れを抱きつつそう聞いた。
「なに、条約違反は一つもしてませんよ。戦争ってのはこんなもんでしょ?従軍記者が長いホプキンスさんはそのことを良くご存知のはずだ」
そう言うと嵯峨はきびすを返して森の中に向かう。重火器を破壊された共和軍は小銃でも拳銃でもマシンガンでも、手持ちの火器すべてを嵯峨の四式に浴びせかけた。嵯峨はただそんな攻撃などを無視して元来た道を帰り始めた。