従軍記者の日記 26
「熱源接近中……なんだ、無人機じゃねえか」
そう言うと嵯峨は四式の左腕に固定されたレールガンを放つ。視界に点のように見えた無人偵察機が瞬時に火を噴くのが見える。クリスを驚かせた嵯峨の素早いすべてマニュアルでの照準と狙撃。
「この距離で狙撃用プログラムも無しでよく当てられますね」
「まあ、俺もこの業界長いですからねえ。慣れって奴ですよ。まあ次は有人機をあげてくるかな?ここの近辺だと配備中は97式改ってところですかね」
嵯峨はそう言うとそのまま機体を空中で停止させた。きっと不敵な笑みでも浮かべているのだろう。後部座席で嵯峨の表情を推察するクリス。そして自分に恐怖の感情が起きていることに気付いた。
「大丈夫なんですか?相手も有人機なら対応を……」
「97式はミドルレンジでの運用を重視する先の大戦時の胡州の機体ですよ。多少の改造やシステムのバージョンアップがあったとしても設計思想を越えた戦いをするほど共和軍も馬鹿じゃないでしょ?真下にはいないのは確認済みですからそれなりに距離を詰めてから攻撃してきますよ」
そう言うと嵯峨は操縦棹から手を離し、胸のポケットからタバコを取り出す。
「すいませんねえ。ちょっと気分転換を」
クリスの返そうとする言葉よりも早く、嵯峨はタバコに火をつけていた。
「さてと、97式改では接近する前に叩かれる。となると北兼台地の基地から虎の子の米軍の供与品のM5を持ち出すか、それともアメちゃんに土下座して最新鋭のM7の出動をお願いするか……どうしますかねえ」
嵯峨はタバコをふかしながら正面にあるだろう敵基地の方角に目を向けていた。
「北兼台地に向かった本隊の負担を軽くするための陽動ですか。しかし、そんなに簡単に引っかかりますか?」
クリスは煙を避けながら皮肉をこめてそう言った。だが、振り返った嵯峨の口元には余裕のある笑みが浮かんでいる。
「共和国第五軍指揮官のバルガス・エスコバルという男。中々喰えない人物だと言う話ですがねえ。共和軍にしては使える人物らしいですがどうにもプライドが高いのが玉に瑕って話を聞きかじりまして。簡単にアメちゃんに頭を下げるなんて言う真似はしないでしょうね」
「なぜそう言いきれるんですか?」
タバコを備え付けの灰皿で押し消した嵯峨クリスは自分の声が震えているのを押し隠そうとしながらそう尋ねた。
「だから言ったじゃないですか。プライドが高いのが玉に瑕だって。それに今の状況はアメリカ軍にも筒抜けでしょうからどう動いてくるか……さてエスコバル君。このまま俺がのんびりタバコ吸ってるのを見逃したらアメリカさんも動き出しちゃうよー!」
ふざけたような嵯峨の言葉。だが確かに制圧下にある地域で堂々と破壊活動を展開する嵯峨の行動を見逃すほどどちらも心が広くは無いことはわかる。だが一度に襲い掛かられれば旧式の四式では対抗できるはずも無い。
「同時に出てきたら袋叩きじゃないですか!」
状況を楽しんでいる嵯峨にクリスが悲鳴で答える。しかし、振り向いた嵯峨の顔には相変わらず状況を楽しんでいるかのような笑みが浮かんでいる。
「そうはならないでしょ。少なくとも俺が知っている範囲での俺についての情報。まあ色々とまああることあること書いてくれちゃって……。俺も数えていない撃墜数とか出撃回数とかご丁寧に……どこで調べたのかって聞きたいくらいですよ。エスコバルの旦那も俺の相手が務まるパイロットを見繕ってくれるとなると慎重になるでしょうね。アメちゃんも今年は中間選挙の年だ。無理をするつもりは無いでしょう」
そう言うと嵯峨はそのまま機体を針葉樹の森に沈めた。