従軍記者の日記 25
「ほんじゃあ明華によろしく!」
嵯峨はスピーカーを通して叫んだ。黒い四式はゆっくりと格納庫を出る。
「それじゃあ行きますか!」
格納庫の前の広場に出ると嵯峨はパルスエンジンを始動した。小刻みに機体が震えるパルスエンジン特有の振動。クリスはその振動に胃の中のものが刺激されて上がってこようとするのを感じていた。そして独特の軽い起動音。四式はパルスエンジンの反重力作用で空中に浮かんだ。
「いいんですか?東和の飛行禁止空域じゃないですか、ここは」
「大丈夫でしょ。まあそれほど高く飛ぶつもりは無いですから」
そう嵯峨が言うと機体は加速を開始した。針葉樹の森の上ぎりぎりに飛ぶ黒い機体。朝日を浴びている森の上の空を進む。
「レイザードフラッグもきっちり作動してるねえ。さすが明華の仕事には隙が無いや」
クリスが上を見ると、日本の戦国時代の武将よろしく、笹に竜胆の嵯峨家の紋章を記した旗指物がたなびいているような光景が写った。
「これは目立つんではないですか?」
心配そうに口を出したクリスを振り向いて余裕の笑みを浮かべる嵯峨。
「良い読みですね、それは。もっとも、目立つんじゃなくて目立たせているんですけどね」
そう言うと嵯峨はそのまま峠ではなく目の前の南兼山脈に進路を取った。
「そちらは共和軍の勢力下じゃないですか!」
驚いて前に顔を出そうとするクリスだがシートベルトに阻まれて止まる。そんな彼を楽しんでいるかのように前を見ずに嵯峨が振り返る。
「そうですよ」
淡々と嵯峨は機体を加速させる。彼が無線のチャンネルをいじると、共和軍の通信が入ってきた。
『未確認機!当基地に向け進行中!数は一!』
『無人偵察機!上げろ!前線には対空戦闘用意を通達!』
共和軍の通信が立て続けに響く。まるでそれを楽しむように笑顔でクリスを見つめた後、嵯峨は肩を揉みながら操縦棹を握りなおす。
「さあて、共和軍の皆さんには心躍るような挨拶ができそうだねえ。そこでアメリカさんはどう動くか」
前の座席の嵯峨の表情は後部座席のクリスには読み取れない。だがこんなことを言い出す嵯峨が満面の笑みを浮かべていることは容易に想像できた。
「遊撃任務ですか。それにしてもわざわざ司令官自身がやる仕事ではないんじゃないですか?」
そんなクリスの言葉にまた振り返ろうとする嵯峨だがさすがに冷や汗をかいているクリスを見ると気を使おうと思い直したように正面を向き直る。
「陽動ってのは引き際が難しいんですよ。うちの連中は勝ち目の無い戦いをしたことがないですからねえ。下手をすれば相手に裏をかかれて壊滅なんていうのも……困るんでね。そこは勝ち目の無い、と言うより勝つ必要の無い戦いの経験者がお手本を見せるが当然でしょ?」
そう言うと嵯峨はさらに機体を加速させた。Gがかかり、さらにクリスの胃袋は限界に近づいていた。