従軍記者の日記 23
「まあそう言うことです」
嵯峨の頭が食堂の入り口に向いた。クリスが振り向くとそこには先日会議室で見た胡州浪人らしい眼鏡をかけた士官がヘルメットを抱えて立っていた。
「遠藤!ちょっと待ってろ。ハワードさん、ドライバーが来ましたよ」
遠藤と呼ばれた少尉はハワードの隣までやってくると敬礼した。いかにもギクシャクとした態度、胡州で訓練を受けた士官らしく視線は厳しい。
「ハワード・バスさんですね。第一機械化中隊の遠藤明少尉と言います」
ハワードを見上げる青年に握手を求めて手を伸ばす。遠藤はぎこちなく大きなハワードの手を握り返すとようやく笑みを浮かべた。
「ずいぶんとお若い方ですね。出身は胡州ですか?」
流暢なハワードの日本語に戸惑ったような表情を浮かべた後、遠藤と言う士官は首を横に振った。
「いえ、遼南ですよ。北兼軍閥の生え抜きですから」
頷きながらハワードは椅子に腰掛ける。そしてそのままクリスよりも上手く箸を使ってうどんを食べていく。遠藤はそのままハワードの脇に立ってその様子をじっと眺めていた。
「おいおいおい。そんなに見つめたら食事が出来なくなるじゃないか。とりあえずこれでも飲め」
そう言うと嵯峨は遠藤にほうじ茶を注いでやった。遠藤はそのままハワードの隣に座るとほうじ茶を口に含んだ。
「遠藤少尉。いい写真は撮れそうかね」
ハワードはサラダのトマトを口に入れながらそう尋ねる。
「それはどうでしょうか……それは私の仕事ではありませんから」
きっぱりとそう答える遠藤にハワードは手を広げて見せた。それを見て渋い顔をする嵯峨。
「うちの宣伝になるかもしれないんだぜ。もうちょっと色をつけた話でもしろよ」
嵯峨はそう言うとクリス達が食事を終えたのを確認した。嵯峨に向けられた目で合図されたと言うように少尉が立ち上がる。
「それじゃあ先に行ってるぜ」
ハワードはそう言うとジュラルミンのカメラケースを肩にかけて遠藤のあとを追って食堂を後にした。
「そう言えば嵯峨中佐は戦闘は無いようなことをおっしゃってましたね」
ほうじ茶を口に運びながらクリスはこの言葉に嵯峨がどう反応するのかを確かめようとした。
「そんなこと言ったっけかなあ。まあ、現状としてさっき言った目的地とその経路には敵影が無いのは事実ですがね」
嵯峨は笑いながら立ち上がる。そしてそのままタバコを口にくわえて手にしたトレーをカウンターに運んだ。
「戦場では希望的観測は命取りですから。まあ今のうちに楽観できるところはしておいた方がいいと言うのが私の持論ですので」
そう言うと嵯峨はおもちゃにしていた口のタバコにようやく火をつけた。