従軍記者の日記 21
出撃の朝の緊張感は、どこの軍隊でも変わりはしない。昨日まで野球に興じたり山岳部族の子供達と戯れていた兵士達の様子は一変し、緊張した面持ちで整列して装備の確認をしているのが窓から見える。クリスは表で爆音を立てているホバーのエンジンのリズムに合わせて剃刀で髭を剃っていた。
「別にデートに行くわけじゃないんだ。そんな丹念に剃ること無いじゃないか」
ベッドに腰掛けたハワードはカメラの準備に余念が無い。
「一応、北兼軍閥の最高指導者の機体に乗せていただけるんだ。それなりの気遣いと言うものも必要だろ?」
口元に残った髭をそり落とすと、そのまま洗面器に剃刀を泳がせる。大きな音がして建物が揺れるのは大型ホバーが格納庫の扉にでもぶつかったのだろう。罵声と警笛が響き渡り戦場の後方に自分はいるんだという意識がクリスにも伝わってくる。そんなクリスにハワードが整備が終わったカメラのレンズを向けた。
「確かにそうかもしれないがな。それより大丈夫なのか?四式は駆動部分や推進機関のパルス波動エンジンは最新のものに換装してあるって話だぞ。あんな時代遅れの機体に最新の運動システムが付いていけると思うのか?それに重力制御式コックピットの世代は二世代も前のを使っているって話だ。Gだって半端じゃないはずだろ」
「なに、私もM3くらいなら操縦したことがあるからな。それに今回は後部座席で見物するだけだ。大して問題にはならないよ」
そう言うとクリスは戦場でいつも身につけているケプラー防弾板の入ったベストを着込んだ。そして、出かけようという時、ノックする音に気づいた。
「どうぞ!」
迷彩のカバーにピースマークをペンで書き込んだフリッツヘルメットを被るクリス。ドアが開く。そこにはクリスの見たことの無い戦闘帽を被った嵯峨が立っていた。
「すいませんねえ、早く起こしちまって。朝食でも食べながら話しましょうや」
何かをたくらんでいそうな笑みを浮かべた嵯峨に、クリスはハワードと顔を見合わせた。
「ええ、まあよろしくお願いします」
断るわけにも行かない。そう思いながらクリスはそのまま歩き出した嵯峨に続いた。嵯峨が着ている昨日と同じ半袖の軍服は人民軍の夏季戦闘服である。そして足元はなぜか雪駄を履いていた。その奇妙な格好にハワードは手にしていた小型カメラのフラッシュを焚く。嵯峨はそれを咎めもせず、そのまま立て付けの悪い引き戸を開いて食堂に入った。
「食事があるってのはいいものっすねえ」
そう言うと嵯峨は周りの隊員達を見回す。食堂にたむろしているのはまだ出番の来ない補給担当の隊員達だった。その体臭として染み付いたガンオイルのよどんだ匂いが部屋に充満している。兵士達は攻撃部隊が出撃中だというのに大笑いをしながら入ってきたクリス達を見ようともせず食事を続けている。
「俺と同じのあと二つ」
カウンターに顔を突っ込むと嵯峨は太った炊事担当者に声をかけた。嵯峨の顔を見ても特に気にする様子も無く淡々と鍋にうどんを放り込む料理担当兵。
「そう言えば嵯峨中佐は前の大戦では遼南戦線にいたそうですね」
クリスの言葉に嵯峨の表情に曇りが入った。だが、カレーうどんが大盛りになったトレーを受け取った頃にはその曇りは消えて、人を食ったような笑顔が再び戻ってきていた。