従軍記者の日記 182
「なにぼんやり外なんて見やがって。センチメンタルになる年でもないだろ?」
一枚、クリスの顔写真を撮るとハワードはそう言ってクリスを茶化した。
「俺もそうは思うんだがね。こうして時代が変わって……」
突然呼び鈴が鳴った。
「アタシが出ようか?」
そう言ったシャムをハワードが押しとどめた。ニヤニヤと笑うハワードの顔に一撃見舞いたい気分になりながらクリスは立ち上がった。そしてそのままドアに手をかけて振り向く。ハワードに釣られてシャムもなにやらニヤニヤと笑っている。
もうドアの外で待つ人が誰なのかクリスにも想像がついた。
「あっ、あの」
少佐の階級章をつけたキーラがそこに立っていた。白い髪は以前より長く、肩まで届いてぬるい廊下の風になびいていた。
「久しぶりだね」
そう言ったクリスだが、振り向けばハワードがなにやらシャムにささやいている。遼南内戦の取材を終えたあの日から、クリスは毎日キーラにメールを送るのが日課になっていた。彼女のメールの言葉には不条理な暴力が支配する戦場の掟が書かれていた。死んだ仲間、投降する敵兵、そして不足する物資。そしてクリスは遼州の政治家や活動家を訪ねる取材を続けながら彼女からのメールを待っていた。
今、そのキーラが目の前にいる。
「まあ、入ってくれ。あまり良い部屋とは言えないがね」
そう言ったクリス。うつむき加減のキーラがそのまま部屋に入る。それだけで楽しいとでも言うようにシャムは笑顔を浮かべながらハワードに何かをささやいている。
「そう言えばシャムちゃんも久しぶりね」
会いたいと言う思いが実現したと言うのにクリスもキーラも言葉を切り出せないでいた。
「ああ、そうだ。吉田少佐に呼ばれてるんだよな。シャム、お前も来いよ」
「なんで?」
ハワードに腕を引っ張られながらシャムが抵抗する。だが、小さなシャムはそのままハワードにひきづられて行く。
ドアが閉まると同時に、クリスはキーラを抱きしめていた。
「返しに来たの……これ」
そう言うとキーラは胸元にクリスから預かったロザリオを見せた。