従軍記者の日記 180
「それは違うよ!」
突然のシャムの言葉にクリスは戸惑った。
「正義とか悪とか、アタシにはよくわからないけど守りたいものがあるから戦う。アタシが知っている戦いはそれだけ。もし、それが無いのに戦うなら、それが悪なんだよ」
熊太郎を撫でながら言ったシャムの言葉。楠木はそれを目をつぶって聞くと口からタバコの煙を吐いた。
「結構いいこと言うじゃないか、シャム。ただ大人になるといろいろ事情があるんだよ。まあ、ホプキンスさんは結論を出したということで。俺達はこの戦いに結論をつけねえとな」
そう言うと楠木は手を上げた。彼の視線の先で三派の基地へと帰還しようとするシンの指揮下のアサルト・モジュールが目に入った。
「あいつ等も自分のいるべき場所に戻るわけか」
再びタバコをふかす楠木。クリスはシャムを眺めていた。
「ホプキンスさん!」
そう言って司令部の入り口から飛び出してきたのはキーラだった。
「どうしました?」
クリスのぼんやりとした顔に、キーラは眉間にしわを刻んだ。
「どうしたのじゃないですよ!聞きましたよ、明日出られるそうですね」
白いつなぎに白い肌、そして短い白い髪がたなびいている。
「ああ、ハワードさんちょっと話があるんで……」
「そうですね。シャムちゃん!ちょっと熊太郎と一緒に写真を撮らせてもらってもいいかな?」
楠木とハワードは気を利かせて嬉しそうに二人を見つめるシャムと熊太郎をハンガーの方へと誘導する。
「クリスさん……」
言葉にならない言葉を、どうにか口にしようとするキーラ。クリスも彼女のそんな様子を見て声を出せないでいた。
「たぶん、これから二式の整備で手が離せなくなるんで……」
そう言いながらくるりと後ろを向くキーラ。クリスは彼女の肩に手を伸ばそうとするが、その手がキーラの肩にたどり着くことはない。
「そうですよね。帰還したばかりだけど西部での戦闘は続いている以上、常に稼動状態でないとこの基地を押さえた意味がないですよね」
クリスの言葉に、キーラは何か覚悟を決めたように振り向く。
「ジャコビンさん!」
名前を呼ぶクリスの胸にキーラは飛び込んでいた。
「何も言わないでいいですよ。何も言わないで」
キーラはクリスの胸の中でそう言うと、ただじっとクリスの体温を感じていた。