従軍記者の日記 18
会議室の扉は閉められ、会議が再開されたようだった。クリスは嵯峨の最後の言葉が気にかかった。
「ホプキンスさん!」
そこに駆けつけたのはつなぎを着た整備員キーラだった。どこと無く慣れていないクリスにどう話しかければいいのか戸惑うキーラ。
「君か」
そう言ってクリスに向き合うように立つキーラになぜかクリスは興味を引かれた。それは神に挑戦するにも等しい『人間の創造』を行ったゲルパルトの技術者に対する興味とは違う何かだ。そう自分に言い聞かせるクリス。
「珍しいですよね、『ラストバタリオン』の整備員なんて」
そう言うとキーラはさわやかに笑った。自分の考えが見透かされたことにクリスは驚くとともに当然だと思えた。少なくとも彼女はこうして生きている。それだけは誰も否定が出来ない。白い肩の辺りで切りそろえられた髪がさわやかな北兼山地の風になびく。同じような赤いくりくりとした目がどこかしら愛嬌があるように見えた。
「二式についてはいろいろ聞きたいことがあってね」
自分の戸惑いを見透かされまいとそう言うとクリスは再び格納庫に向かうべく階段を下りた。
「あまり政治向きの話は答えられないですよ。嵯峨中佐がほとんど糸を引いていたって噂くらいしか知りませんから。それに整備班に転向してから日が浅いんで、細かいところは後で許中尉に確認してください」
あっけらかんとした調子で話すキーラ。そのおおらかな言葉の響きにクリスは好感を持った。木製の階段を降りる。彼女のきびきびとした所作にはさわやかな雰囲気がかもし出される。
「あ、ジャコビン曹長。ちょっと村を撮りたいんだけど……」
ハワードにそんな風に言わせたのはキーラのまとう雰囲気なのだろうとクリスは思いながら柔らかな表情を浮かべるキーラを見ていた。
「ああ、良いですよ。なんなら整備の手のすいたのを見繕ってドライバーにつけましょうか?」
「お願いできるんですか?それはいいや!」
ハワードが子供のような笑みを浮かべる。クリスは窓から見える高地の風景を見ていた。まだ日は高い。案内が着くのなら日暮れまでには帰るのだろう。キーラは通信端末に何かを入力しながら本部の階段を降り終えた。作戦会議。おそらく北兼台地の攻防戦が始まろうとしているだけのことはあり、格納庫のアサルト・モジュール群には火が入れられているようで、静かに震えるようなエンジンの稼動音が響いている。
「四式も準備中か。戦力はこれだけじゃないんだろ?」
三号機の肩の辺りで談笑していた整備員から敬礼されているキーラに尋ねた。
「まあ、あとはホバーが二十三機、それに装甲トレーラーが六台、200ミリ榴弾自走砲が十二門。兵員輸送車が33両ありますよ」
「結構な戦力ですね」
そう言うとクリスは二式を眺めた。親米的姿勢を見せる南都軍閥の依頼で出動しているアメリカ軍は共和政府と距離をとる南都軍閥を率いるブルゴーニュ家に配慮して、最新式のアサルト・モジュールの投入を行うつもりはないことは知っていた。アメリカ国内でも今回の出兵に異論が出ているのは事実だった。しかし、負ければ次の選挙は野党に傾くのは確実とされており、最新鋭機の試験的投入による戦局の一気逆転を狙っていると言う噂は彼の耳にも届いていた。
「そう言えば、ジャコビン曹長。君は『魔女機甲隊』の出身かね」
クリスは何気なく尋ねた。振り向いたキーラはしばらく黙ったままクリスを見つめた。
先の大戦で遼北のプロパガンダの一翼を担った周香麗大佐率いる『魔女機甲隊』の噂はクリスも知っていた。女性ばかりの隊員で構成され、一線級の装備を与えられた彼女達は遼南侵攻を図った遼北軍でも飛びぬけた戦果を上げた。戦後、ゲルパルトによる人造兵士計画『ラストバタリオン計画』とそのプラントを接収した遼北軍は二千万人と言う女性人造兵士を軍に編入した。そしてその中でも優秀な成績を残した兵士を周大佐の貴下に編入し、その後も内戦の続くベルルカン、アステロイドベルトコロニー群、外惑星区域等での目覚しい戦果を上げた。だが、現在まで続いている軍内粛清の嵐により周大佐は故国を追われて嵯峨の北兼軍閥を頼り現在は北兼軍閥の主力と目されている部隊としてアメリカ軍と対峙していた。
現在の北兼の総兵力9万のうち、一割程度は周大佐に呼応して亡命した『ラストバタリオン』であることは公にされている事実だった。そんなことを考えていたクリスの顔をキーラは聞き飽きたと言う表情で振り返った。