従軍記者の日記 177
「伊藤中尉!」
一階の踊り場でたむろしている女性兵士に声をかけられた伊藤。そこにはセニア達が自動販売機でコーヒーを買ってくつろいでいた。彼等の中から御子神が缶コーヒーを三つ持って近づいてくる。
「大変だそうじゃないですか、南部は」
そう言う御子神の表情はセニアやレム達と違って悲壮感に満ちていた。
「そう言えば御子神さんも央都の出身だったね」
コーヒーを受け取った隼はすぐさまプルタブを開けてコーヒーを飲み始めた。
「特に信念を持たない兵士の圧力に屈したんでしょうね。彼らにとっては支配者が誰であろうが変わりないですし。力の恐怖に怯える政府と密告の危険に震える政府。どっちであろうと生きていることがその恐怖に耐え忍ぶ前提条件ですから」
そう言う御子神にクリスは驚いた。
「御子神さん。あなたも学生運動家出身と聞いていたんですけど……」
クリスの言葉に一瞬戸惑ったような顔をしていた御子神だが、一口コーヒーを口に含むと話し始めた。
「確かにそうですよ。いつか時代を変えられる、そう思っていましたから。でも現実はそれほど甘くないのを知るのには三年と言う時間は十分すぎますね。隣の北都山脈を越えている人民軍の部隊を取材に行ったらどうですか?」
そう言うと引きつった笑いを浮かべる御子神。
「手段を目的と勘違いしている連中だ。何を言おうが無駄なんだよ」
宥めるようにセニアが言った。一瞬で空気が重く滞留することになる。
「それじゃあ降伏した部隊は北兼の本隊に引き渡されるんですか?」
そう尋ねたがパイロットの表情は変わらなかった。クリスは悟った。降伏した共和軍の兵士達に与えられる試練。武装解除された彼等は人民軍中央軍団に送られる。そこで脱走兵や他の降伏した部隊と一緒に遼南中央縦貫鉄道の貨車に詰め込まれる。送られる先は最前線。手榴弾を二、三個渡された彼等は督戦隊の掃射を受けながら共和軍との交戦している人民軍正規部隊の最前線に回される。地雷や共和軍の掃射を避けて立ち止まれば督戦隊の砲火に倒れ、突撃すれば共和軍の弾幕に挽肉にされる。
クリスもパイロット達も彼らの運命を変えることができない自分を恥じていた。