従軍記者の日記 176
「まったく……だから遼南の軍隊はうどんを茹でるしか能が無いって言われるんだよね」
そう独り言を言う伊藤。
「ああ、すいませんねえ。それじゃあまもなく後続の部隊も到着するでしょうから」
そう言うと伊藤は司令室からクリスを連れ出した。
「しかし、こんなに降伏部隊を受け入れる余裕はあるんですか?」
思わず質問したクリスに隼は首を振った。
「無理ですね。しばらくは進軍どころか補給の確保で精一杯でしょう。どうにか物資の空輸を東和に許してもらうのができるかどうかというところですが」
クリスは廊下から外を見た。捕虜になった共和軍の兵士に東モスレム三派の兵士達がパンを配っているのが見えた。
「パンで満足しますかねえ」
そう言って引きつった笑いを浮かべる伊藤。中庭の捕虜達を眺めている二人の隣に黒い棍棒のような腕があった。
「やあ、無事みたいだな」
ハワードはそう言うと一緒になって庭の捕虜達に目を降ろした。
「ここから南は大変らしいじゃないか。まあゲリラの方が強いから逃亡する共和軍の兵士も無茶はしないだろうがな」
そう言って窓を開けたハワードが庭の捕虜達をカメラに納める。捕虜達ははじめは何が起きたのかわからないと言う顔をしていたが、それがカメラと知ると笑顔で手を振り始めた。
「あーあ。同じ遼南人としては恥ずかしいですねえ」
「ああ、まあ遼南でも北都と央都じゃあ気質が違いますから」
そう言って肩を叩くクリスに隼は死んだような目をしてつぶやいた。
「私は先祖代々央都の育ちですよ。大学に行く時に北都物理大に入っただけですから」
そう言う言葉にクリスは笑うしかなかった。
「まあ仕方ないですね。それとハワードさん。三派の兵士が居る間は自重して下さいよ。彼らとの関係は実にデリケートなものですから」
そう言うと捕虜から目を離して、伊藤は廊下を歩き始めた。先ほどまで目立っていた黄土色の三派の軍服を着た兵士の姿が消え、緑色の人民軍の兵士が荷物を抱えて三人の横を通り過ぎていく。
「これからが大変そうですねえ」
伊藤はそう言うとクリス達を階下へ降りる階段へと導いた。




