従軍記者の日記 174
「まあ気持ちも分かりますが……情報ついでに、現在共和軍の三個軍団が降伏を打診してきていましてね」
タバコの煙を吐き出す嵯峨。
「三個軍団!十万以上の兵力じゃないですか!あなた方は……」
「まあうちは千人いないんでね。遼南軍ですから、飯がまずいとかうどんがかつお出汁だとか噂を流せば脱走してくれるんじゃないですか?」
そう言って笑う嵯峨。クリスも半分呆れながらその顔を見ていた。
「それでは後は任せましたよ」
そう言って逃げるように部屋を出て行く花山院。
「さてと」
そう言いながら司令室の椅子に身を沈める嵯峨。
「捕虜の武装解除は進んでるかねえ……」
端末を操作する嵯峨を呆れながら見つめるクリス。
「なんでそんなに余裕があるんですか?十万の捕虜を確保するなんて……」
「ああ、無理ですね。まあ俺も予想はしてたので小麦粉の買占めと製麺工場の確保はしているんですけどね」
クリスの言葉にすぐに答えた嵯峨。
「俺が胡州軍の将校だったら穴を掘らせて機関銃でなぎ倒して片付けますがそうはいかないんでね。とりあえずうどんとそれを茹でる水の確保には気をつけますが」
そう言ってにやりと笑う嵯峨。確かにこの男が胡州軍の憲兵隊長ならばそれぐらいのことは平然とやるだろうとクリスにも想像できた。そして遼南軍の伝説を思い出した。彼等はいつもうどんを食べる。それがアフリカの砂漠や大麗のコロニー外の真空であろうが彼等は水をふんだんに使ってうどんを茹でるのは習慣である。もしその水がなければすぐに脱走を始めるのが遼南軍である。そんなことを考えているクリスをぼんやりと見つめる嵯峨。
「だが、俺は一応北兼軍閥の首魁と言うことで名が通ってる。それに近くに米軍等の地球勢力の大部隊が展開中なんでね、降伏部隊の掃討なんかをすれば米帝は撤兵を視野に遼北と交渉しているテーブルを蹴るのは間違いない」
嵯峨の不気味な笑みにクリスの目はひきつけられる。
「まあこれで北兼台地の制圧には時間がかかることになりそうだな」
頭を掻きながら嵯峨は端末に映っている白旗を掲げた共和軍基地の映像を眺めていた。
「まあじっくりとやりましょう。楠木さん達も動いているんじゃないですか?」
伊藤の言葉に嵯峨は眉をひそめる。
「あいつも胡州軍気質が抜けない奴だからな。指揮官を二三発ぶん殴るくらいはやるかも知れねえな」
慣れた手つきで葉巻の吸いがらが散らばる大き目のガラスの灰皿を取り上げてタバコの火を消す嵯峨。
「まあ手綱は締めとくさ」
はっきりとそう言うと嵯峨は再び取り出したタバコに火をつけた。