従軍記者の日記 173
「なあに、今の俺はただの遼南人民軍の指揮官ですよ。さらに加えて言えば党のおぼえはきわめて悪い」
そう言いながら隣の隼を見つめる嵯峨。伊藤は頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。
「その主席が亡くなられたそうじゃないですか」
そう言う花山院の言葉にクリスは目をむいて青年指揮官を見た。嵯峨の表情には変化は無かった。隣の伊藤も動じる気配が無かった。
「その顔は知っていたとでも言うようですね。もしかして暗殺……」
花山院はそこまで言って言葉を飲み込んだ。嵯峨は腰の軍刀に手を伸ばしている。
「下手な推測はしないほうがいい。そう思いませんか?」
そう言うとにんまりと嵯峨は笑った。
「そう言うなら私は何も言わないことにしましょう。我々はこの基地を引き渡した後、再び東モスレム領内に後退する予定ですが、後退のルートはこちらの設定した順路でよろしいですか?」
「こちらで指定できることではないんじゃないですか?現状として多国籍軍の背後を取っている以上、いつ彼らの総攻撃を受けるかもわからないですから。最良の策をとるのが指揮官の仕事じゃないですか」
そう言うと嵯峨はポケットに手を伸ばした。花山院は机の上の灰皿を差し出した。それを受け取った嵯峨はタバコに火をつけてくつろぐ。
「残念なことですが、捕虜は引き渡していただきますよ」
タバコをくゆらす嵯峨の隣に立つ伊藤の言葉に花山院は顔をしかめた。
「そう言う顔をなさる気持ちもわかります。捕虜の共和軍兵士はおそらく懲罰大隊に編入されて督戦隊の射撃標的になるんでしょうから」
そう言う伊藤の言葉を飲み込んだと言うように頷きながら聞いた花山院は今度は嵯峨の顔を見た。
「うちはただでさえ上の評判が芳しくないですからね。残念だが」
花山院は今度はクリスを見つめてきた。
「取材の条件で、そう言った情報は流すことは……」
クリスがそこまで言ったところで花山院は机を激しく叩いた。
「彼らが何をしたと言うんですか!」
誰もが同じ思いだった。そしてそれがどうしようもないことであると言うことも皆がわかっていることだった。