従軍記者の日記 17
「伊藤ちゃんに御子神の。それは最初からわかってたことだろ?うちは人民軍の連中から見れば外様だ。この作戦の結果、東和からクレームが来たら俺等の独断先行として俺の首で話をつけようと言う魂胆だろ?俺が人民軍の参謀総局にいたら今頃そのときの言い訳でも考えてるよ」
嵯峨は笑っている。まるで他人事のように言ってのける嵯峨。クリスはそんな彼の態度で周りの部下達の雰囲気がどう変わるかを読み取ろうとした。
「もし外交問題に発展すれば北兼軍を切り捨てるつもりってことですね」
そう言う御子神の頬が震えていた。セニアは彼を心配そうに眺めている。まるで敗戦が確定した部隊のようだった。そのくせ指揮官の嵯峨は悠然とタバコに火をつけてもうすでに笑みと読んでいい表情を浮かべていた。
「よろしいですか?」
沈黙が続く中でクリスは恐る恐る手を上げた。会議を仕切るような風に見えた明華が視線を投げてくる。
「どうぞ。客観的な視点も参考になるでしょうから」
どこか棘のある明華の言葉にクリスは立ち上がった。
「北兼台地の鉱山群への攻撃は、できるだけ避けるべきだと思います。私はジャーナリストですから、それが共和軍の遼州星系国家郡に対して『我等こそが遼南の利益を代表する』という格好のプロパガンダの材料になるのは間違いないですよ。どんな政権であれ自国の利益を守ってくれるならそれに越したことは無いでしょうから。それに相手は『殺戮機械』の異名をとる吉田俊平。戦力を消耗するだけ無駄ですね」
それだけ言うとクリスはへたり込むように椅子に座り込んだ。会議の席にいる誰もがそんなことくらいはわかっていると言うような顔で招かれざる客である二人の記者を見つめていた。
「誰が見てもそうですよねえ。でもまあ一応、人民軍本部の指示は無視するわけにはいかないんですよ。それに逆にここで俺の狙い通りの筋書きに持っていければ、人民党の偉いさんの鼻をあかせるかもしれないもんでね」
嵯峨のその言葉に、この場のメンバーは彼のにやけた面を凝視した。そんな突然の部下達の食いつきに、驚いたようにタバコを灰皿に押し付けた嵯峨。
「先に言っておくぜ。別に相手を潰すいい作戦があるとか言うことじゃないんだ。ただいくつかの情報があってね、それが面白い結果を出しそうだというだけの話なんだ。共和軍の隙間って奴に手が出そうな話でね」
自分が何かを知っている、情報を握っているとにおわせる嵯峨の余裕の表情に会議に列席している士官達は目の色を変えて自分達の上官である嵯峨を見た。
「俺の情報には無い話でしょうね。御前」
一人その流れに乗り遅れたと言うように楠木が頭を掻く。嵯峨は特に気にすることもなく再び取り出したタバコに火をつけた。
「じゃあこれから先は身内だけでやりたいんで」
そう言うと嵯峨は扉近くの将校に目配せした。クリスも音声レコーダーを止めて立ち上がった。部下達は、嵯峨の言葉を待っているような表情を浮かべながら去っていくクリスを眺めていた。
「ハンガーの方にはホプキンスさんが行くことは伝えてありますから!」
明華の緊張感のある声が会議室に響いた。クリスが振り向くとそこにはもう明華は後ろを向いていた。
「東和の介入を抑える……菱川重工でも脅すのかね。『社長の首が飛ぶぞ』とでも言って」
ハワードは笑顔でそう言った。その言葉を聞いてクリスにはひらめくところがあった。
嵯峨家は地球の交渉がある星系を代表する資産家である。胡州の外惑星コロニー群の領邦には2億の民を抱え、そこでの領邦経営での利益や各国への投資した資産により地球の中堅国家以上の流動資産を握っている嵯峨惟基。彼が経済学の博士号の持ち主であることもクリスはこれから嵯峨を値踏みするには必要な知識だと思い返した。
「金持ちは喧嘩をしないものだと言うが、例外もあるんだな」
そう言うとクリスはそのまま廊下を歩き続けた。