従軍記者の日記 169
「驚いてもらって光栄だね。吉田さんよ。ネットを流れる情報だけがすべてじゃないんだ」
そのまま嵯峨はキュマイラの上半身を叩き落とした。
「隊長!」
クリスの目の前でシャムが涙を浮かべて叫ぶ。
「一応、コイツも一流の傭兵だ。加減をするだけ失礼だろ?」
そう言うと躊躇することもなく、嵯峨はキュマイラのコックピット周りの装甲を引き剥がした。クリスは開いたコックピットから吉田の姿を見た。固定された下半身がもげて、そこからどす黒い血が流れている。そのまま被っていたサイボーグ向けのヘルメットを外し、吉田のにやけた面が朝日に照らされた。
「駄目だよ!」
シャムはそう言うとそのままシートベルトを外してクロームナイトを降りる。そのまま無様に転がっているキュマイラの上半身に駆け寄るシャム。クリスもその後に続いた。手を差し伸べるシャムに、弱弱しい笑みを浮かべる吉田。
「止めでも刺そうってか?」
そう言う吉田の余裕の表情をクリスは不審に思って、いつでもシャムを抱えて逃げれる心構えで吉田に近づいた。
「違うよ。違うんだよ」
シャムの目に涙が浮かぶ。吉田はそれが理解できないとでも言うように眺めている。
「吉田の。これで二回目か?俺に関わるとお前さんもろくな目にあわないな」
いつの間にかカネミツを降りていた嵯峨が吉田に声をかけた。
「もう二十年ですか。あんたの命を取り損なったのが今の無様な負け方の原因と言うところですか?」
自由にならない体を嵯峨に向けた吉田。『北兼崩れ』と呼ばれる動乱。この北兼の地の王として独立を願い立ち上がった少年皇帝の前に傭兵として頭角を現そうとしていた目の前のサイボーグが立ちはだかっていたとしても不思議ではないとクリスは思った。
「そうですねえ。あの青っ白い餓鬼一人の命すら取れなかったあんただ。相性って奴があるんじゃないですか?」
そう言うと嵯峨はタバコに火をつけた。
「お前さんについてはいろいろ調べたよ。しかし東和の軍事会社の名簿。東和の戸籍。遼南の入国記録。すべてが明らかに改ざんされたデータだったよ」
「ほう、あの成田と言う情報将校以外にもルートがあるんですか。これじゃあ勝てないはずだよ」
そう言って口元から流れるどす黒い血を拭う吉田。
「情報の有益性は外務武官でも憲兵隊でも実戦部隊でも立場によって変わったりはしねえよ。使い方次第で目的に近づく効果的な手段となるもんだ」
そう言うと嵯峨は口からタバコの煙を吐いた。