従軍記者の日記 16
「驚きましたか?」
静かにクリスを見つめてつぶやく楠木。クリスは呆然としながら周りを見回した。嵯峨をはじめ部隊の主要人物はすべてそろっている。その視線は特にクリスなどいないと言うようにモニターに目を向けていた。そして隊員は一人としてこの状況を意外とは思っていないことはクリスも理解できた。さすがに情報屋だ。クリスが置かれた状況が他の軍ではありえないことを知り抜いている楠木の口元に下卑た笑みが浮かぶ。
「それじゃあ入手した情報を反映させますか」
一転して嵯峨に目をやると楠木は端末を操作する。いくつかの赤い点、そして縦横に伸びる青いラインと、それにいくつか群がる紫、緑、黒の点の群れ。
「現状、この赤い点にあるのが菱川鉱山の所有鉱山と菱川の民間軍事会社である東和安全保障の拠点になりますねえ。そして青いラインが物流の要となる交通網で現在×印の地点は地雷や自動防御装置が配備されて検問が行われている場所。そして紫が共和軍、緑がこちら側に協力的なゲリラの拠点。そして、黒は米軍を中心とした地球連邦平和維持軍のキャンプになるわけだ」
明らかにこの地図の読み方の説明をしたのはクリスに読み方を教えるためのサービスのようだった。隊員達の顔は早く本題に進めと言うように厳しくなっている。だが楠木はそれだけ話すとそのまま席に着いてしまった。それにより新たに楠木が得た情報が部隊の配置ではないことを理解してテーブルについている士官達は腕組みをして考え込んでいた。
「東和安全保障の方はどうなっているんですか?先週と拠点の位置の移動は無いようですが……噂になっている伝説的傭兵が部隊長として雇われたと言う話もありますが」
ルーラのその言葉に、楠木は眉をひそめた。
「吉田俊平のこと?まあな。ここしばらくおとなしくしていたんだが、金が尽きたんあじゃないのかね、相当な額の報酬で提携を結んでいるのは本当だよ」
忌々しげに楠木が吐き捨てるように言葉を荒げるのはもっともなことだ。クリスは従軍記者として10年近く戦場を歩いてきたが、『吉田俊平』の名は何度と無く耳にしてきた。残忍、冷酷、そして金に汚いことで知られる名の知られた傭兵。勝つ戦い、それも勝者に多額の報酬を支払う能力があるときにのみ動くというクレバーな戦争屋。特に電子戦、諜報戦に優れた能力を発揮するところから、体の多くの部分をサイボーグ化しているとも言われ、その写真はどれも違う顔違う体つきをしていた。そもそもそれが一人の人間であるということ自体、かなり疑わしいのではないかとクリスはにらんでいた。
「確かに共和軍もアメリカも積極的に部隊を展開するつもりは無いようですね。東和軍の権益がある北兼台地に人民軍の息のかかった我々が手を出すはずが無いと思っているんでしょうね」
明華はその部隊配備状況を一言で片付けた。東和共和国は現在展開されている遼南内戦に重大な関心を寄せていた。その強力な航空戦力は遼南全体を飛行禁止空域と設定し、偵察機を飛ばして内戦を続ける人民軍と共和軍を監視していた。間抜けな共和軍や人民軍のアサルト・モジュールがこれに発見され上空に待機している対地攻撃機のレールガンで蜂の巣にされた事例はいくらでもある。直接介入を嫌う東和軍。その関心を引く行動が禁じ手だと理解しているのは人民軍も共和軍も同じだった。
だがそんな中一人忌々しげに画面を見上げて頭を掻いている男がいた。
「もしこれが上層部から届いた命令書も無くて、共和軍殲滅の為に央都への道を作る方法を考えろって言うのならかなり楽だったかもしれねえけどなあ」
嵯峨は懐から一枚の情報カードを取り出す。そのカードは楠木の端末に挿入された。目の前の立体画像が、一枚の命令書に変わる。強い調子での北兼軍への命令書だった。鉱山の無傷での接収作戦とアメリカ軍の排除指示書。明らかにそれが不可能であると言うことを分かりきった上で出されたような文面は自分へ出されたものでないと言うのにクリスにも憤りを覚えさせるものだった。
「鉱山の接収?何を考えているんですか?北天の連中は?」
叫んでいたのは伊藤だった。クリスにも彼の言葉の意味は理解できた。政治将校である彼にはすでに胡州軍の制服を着ている胡州浪人らしい男達の非難するような視線が向けられている。
「伊藤さんの言うとおりですよ。鉱山の接収なんかしようものなら東和の全面介入の口実を与えることになるじゃないですか?無謀すぎます……でもまあ北天の偉い人には我々は信用なら無いならず者扱いですからね」
そう言うと御子神は店を見上げで自虐的に笑う。嵯峨はだまって腕を組んでいる。
だが、クリスは気づいていた。嵯峨がにんまりと口元に笑みを浮かべていると言う事実を。そして彼が何かをつかんでいると言う記者としての確信が嵯峨の言葉を待つと言う体勢にクリスを持って行った。