従軍記者の日記 159
ゆっくりと機体を固定していた機器を避けるようにして進むクロームナイト。対消滅エンジンはうなり声も上げず、クリスにはなぜ動いているのか不思議になるような感覚が訪れていた。足元で誘導する整備員に従ってそのまま、まだ暗い夜空の下に姿を現す。
「シャム!貴様のクロームナイトが一番足が速い。いけるか?」
セニアの言葉にシャムは静かに頷く。
「クリスさん、行きますよ」
そう言うとシャムはパルスエンジンに火を入れた。軽い振動の後、静かに周りの風景が落ち込んでいく。
「高度は百メートル以下にしろ!上空の東和空軍機に捕捉されると面倒だ」
セニアの声を待つまでも無く、クロームナイトは北兼台地に向かう渓谷を滑るようにして飛び始めた。
「ナイトシリーズか。さすが遼南の盾と呼ばれた機体だ」
クリスはすでに巡航速度に達している加速性能に感心しながら前を向いているシャムを後ろから眺める。
「質問、いいかな?」
つい文屋魂で、息を整えながら操縦棹を握っているシャムに声をかけた。
「うん、まだブリーフィングとか言うお話会で教わった地点まで時間が有るから大丈夫だよ」
シャムは振り向いてそう言った。
「なんで君は戦うんだ?たぶん嵯峨の隊長は君には難民と一緒に避難するようしつこく迫ったはずだ。だけど君は今ここにいる。もう戻ることは……」
「友達だから」
言葉をつむぐクリスをさえぎるようにしてシャムは笑顔を浮かべてそう言った。
「もう一人ぼっちになりたくないんだ。熊太郎がいて、隊長がいて、セニアがいて、飯岡さんがいて。みんながいるからあたしはここにいる。もう一人ぼっちなんて嫌だから」
そう言い切ったシャムはにこりと笑うと漆黒の渓谷へと目を移した。レーダーには後続の二式の反応が映し出される。高高度にはいつものように東和空軍機がへばりついてきていた。
「東和の偵察機か」
苦々しくクリスはそうつぶやいた。東和空軍は常にこの戦いを監視すると宣言している。遼南中部以北に飛行禁止区域を設定し、航空戦力の使用に対し実力行使も辞さないという状況は人民軍にも共和軍にも利もあれば害もあった。たとえばこうして限られた戦力で攻撃をかけると言う状況においては、非常にその害の部分が浮き彫りになる。
東和空軍の偵察機のデータを盗み見ることくらい、共和軍に鞍替えした吉田俊平少佐には容易いことだろう。彼は十分にこちらの手の内を知った上で迎撃体制を整えることができる。そう思いながらクリスは見えもしない東和空軍の偵察機を見上げた。