従軍記者の日記 156
「君の流儀で言うなら敗者には何を語る資格もありはしないよ」
そう言ってエスコバルは立ち上がった。そのまま彼は執務机に置かれた拳銃を手に取る。
「そうでもないですよ。事実、北兼崩れでこの国を追われ、先の大戦ではアメリカ陸軍のモルモットに去れた負け犬が言うんですから間違いないですね」
そう言って笑いかける嵯峨だが、それを見つめるエスコバルの瞳は弱弱しく光った。彼は拳銃を右手に持ち、軽くスライドを引いて薬室に弾丸が入っていることを確認する。
「何か言い残すことはありますか?」
そのまま拳銃のハンマーを起こすエスコバルに嵯峨は尋ねた。
「いまさら何を言っても仕方がない。家族ならとうにアルゼンチンに移住してずいぶん経つ、もう私が気を使うことは何もない」
そう言うとエスコバルは素早く拳銃を口にくわえて引き金を引いた。そのままその体は執務机に倒れこんで痙攣した。こもったような銃の発射音に警戒にあたっていた抜刀隊の黒ずくめの兵士が二人飛び込んできた。
「慌てんなって、エスコバル大佐は義務を果たした。そのままそこに寝せてやれよ」
そう言うと嵯峨は死体の処理を二人に任せて立ち上がった。
「楠木、終わったぜ」
小型通信機に嵯峨が語りかける。
「撤収準備は順調に進んでいます。制圧射撃をしていた支援部隊の連中から順次引き上げを開始しています」
楠木の感情を殺した声に静かに嵯峨は頷いた。
「全く、権力なんて持ったところで疲れるだけだって言うのにな」
そう言いつつ嵯峨は静かに階段を降り始めた。彼を追い抜いて降りていく部下達。時折、敵の残党に遭遇するらしく、銃声が断続的に響いている。
嵯峨は吸い口の近くまで火の回ったタバコを投げ捨ててもみ消す。
「俺の仕事はここまでだ。シンの旦那はどう動くかな」
彼の頬に抑えがたいとでも言うような笑みが浮かんでいた。