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従軍記者の日記 153

 北兼台地南部基地。アサルト・モジュールの格納庫の前では慌しげに出撃待機状態に移行するべく、整備員達が走り回っていた。それを隊長室から眺める吉田の口元には笑みが浮かんでいた。いつものようにガムを噛み、時折それを膨らまして見せながら副官の報告を聞いていた。しかし、それはどれも吉田にとっては既知の話ばかりだった。

 吉田の通信デバイスの塊である脳は常に各軍の諜報機関のデータベースに直結している。西部戦線で共和軍と多国籍軍が建て直しを図るべく東モスレムの北部の山岳基地に集結していることも、それの阻止のため東モスレム三派軍の主力が北上していることも、遼北で人民党の教条派の失脚が相次ぎ現実路線の周首相派が代議員大会を開く為の準備を水面下での調整が進んでいることも事実として彼は知っていた。

「嵯峨は出てこない。間違いないんだな」 

 ライトで照らされた基地を眺めながら吉田は確かめるようにそうつぶやいた。

「まず間違いありません。それと共和政府軍は掴んでいませんが、現在生存が確認されている元胡州陸軍遼南公安憲兵隊出身者の多くが遼南に入国しているのは確かですので……」 

 副官の言葉が途切れたのは吉田が椅子にどっかりと腰を下ろしたからだった。吉田の特注品の戦闘用義体の重さでしっかりとしたつくりの椅子がきしむ。

「嵯峨の抜刀隊か。エスコバルの旦那もついてないな」 

 そう言いながら副官を見上げる吉田の頬に笑みが浮かぶ。嵯峨の抜刀隊といえば先の大戦では量何の利権に対する胡州の切り札とも呼ばれた部隊だった。要人略取作戦に特化した非正規戦のプロフェッショナルとして地球圏の特殊部隊と暗闘を繰り広げた猛者達である。エスコバルのバレンシア機関等はその練度や士気の高さに於いて比べるべくも無いことくらいは当然のように吉田も知っていた。そしてその多くが非人道的な作戦遂行の責を問われて嵯峨の所領で隠遁生活を送っている彼らだが、動くとなれば吉田でも彼等を止めることはできないことも知っていた。

「しかし、よろしいのですか?ほぼ確実に賀谷市に潜入していますよ、あの男は」 

 吉田の微笑みの意味を理解しかねた副官の言葉に、さらに狂気を秘めたサイボーグの笑みは深いものになった。

「それは俺のペイの中には入っていないからな。あくまで南部基地の管轄領域の死守が今回の仕事のすべてだ。それ以上働いても損するだけだぜ」 

 副官は吉田にそう言われて黙り込む。再び吉田は立ち上がると基地のハンガーを眺めた。灰色の機体がライトに照らされて白く輝いて見える。遼南共和国がアメリカの資金と東和共和国の技術、そして帝政時代の『ナイト』シリーズの蓄積を生かして作られた次世代型アサルト・モジュール『ホーンシリーズ』のバリエーションとして作られた吉田専用の高品位アサルト・モジュールの姿がそこに有った。

「こっちはわざわざ『キュマイラ』まで持ち出しているんだ。この基地を一ヶ月間死守したらそれで契約は終了。共和政府のどこかの部隊に引き継いでとっとと東和の本社に帰ればこの仕事は終わりだ」 

 ライトに照らされたアサルト・モジュール『キュマイラ』の頭部センサーから伸びる二本の角が見える。

「嵯峨の『カネミツ』が動かないなら勝算はこちらにあるんだ。エスコバルの旦那の首とこの基地。二兎を追った茶坊主にはそれにふさわしい死に場所を用意してやるのが礼儀と言うものだろ?」 

 そう言って副官の方を振り向く吉田。その残忍な笑みに彼は恐怖を覚えていた。

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