従軍記者の日記 152
「そんな馬鹿な!もう二百年以上前の話じゃないですか!」
クリスの言葉を無視するように明華はそのままうつむいているシャムの肩に手をおいた。
「ホプキンスさんも気付いているでしょ?彼女の話を信じるとすればシャムは四十過ぎのオバサンと言う結果になるじゃないの」
そう言いながら振り向く明華にクリスは言葉を返せなかった。この村が襲撃されてから二十年以上の年月が経っていることは間違いなかった。そしてそうなれば目の前の少女の年齢も計算できなくなってくる。
「二人には黙ってて悪かったけど、内緒でシャムちゃんの体組織の鑑定させてもらったのよ」
立ち上がると明華は何事も無いように話し始めた。
「結果から言えば、彼女の細胞は老化も変性も起こさない奇妙なものだったのよ。つまりシャムちゃんは年をとらないってことが分かったの」
クリスは完全に打ちのめされた。シャムは明華の言葉の意味がわからないようでぼんやりと明華を見上げている。
「遼州は超古代文明の生体兵器の実験場だと言う仮説も聞いたことあるでしょ?兵器なら耐用年数が長ければ長いほど良いわよね。当然、戦争には熟練した軍人が必要になるから、この子みたいに不老不死であれば言うことはない……」
シャムが不思議そうに見つめてくるのに答えるようにして笑みを浮かべる明華。
「不老不死ねえ。信じがたい話だな」
クリスはそう言うと立ち上がった。
「第一もしそうだとしたらもう地球文明がここに根ざして三百年だ。噂や自称三百越えの人物の話は聞いた事があるが、体細胞分析でことごとく否定されているって聞いてるけどな」
そんなクリスの言葉を聞いても明華はただ微笑みを浮かべるだけだった。
「私も今でも信じていないわよ。ただ、シャムちゃんはここにいる。そして二十五年前の北兼崩れの際に北兼側として滅ぼされた村で暮らしてきた。間違いなく言えるのはそれくらいのことよ。シャムちゃんの体細胞分析の結果も私が隊長に報告して処分させたわよ。つまらないことに使われたら面倒だしね」
明華はそう言うと再びシャムの肩を叩いた。
「今できることをやればいいのよ。確かに暴力でしか物事を測れない時代かもしれないけど、きっとその先にはそうでない未来があるはずだから」
そう言って明華はそのまま廃屋から出て行った。
「そうだよね。いつか変えなきゃいけないんだよね」
自分に言い聞かせるようにシャムはつぶやいた。クリスは明華の言葉とは関係なく、何者であろうと関係なく、目の前のあどけない少女を見守ることを決意した。