従軍記者の日記 149
「あの人は、なにか遠くを見ているんじゃないですか?」
しばらくの沈黙の後、御子神は口を開いた。
「遠く?」
クリスの言葉に御子神はしばらく考えた後、言葉を選びながら話し始めた。
「遼州人と地球人。あの人はその力の差は前の戦争で嫌と言うほどわかったはずです。だけど、同じ意思を持つ人類としてどう共存していくか。それを考えて……」
「まさかそんな善人ですかねえあの御仁は」
ハワードの言葉に視線が彼に集中する。さすがに言い過ぎたと思った彼は視線を落としてそのまま食事を続けた。
「共存の理想系は東和だ。あそこはほとんど遼州系の住民のはずだが、この二百年、国が揺らいだことは無い」
そう言ったのはシンだった。ようやく奇妙な食材を飲み下して安心したように机の上にあったやかんから番茶を注いでいる。
「そんなことを考えているようには見えないんですがね」
そんなクリスの言葉にまた場が静けさに包まれる。
「御子神ちゃんは親へのあてつけってはっきりわかるからいいけど、あのおっさんはそんなことを言える年でもないし」
レムが冷やかすような視線で御子神を眺めている。
「レム。あのおっさんとは聞き捨てならんな」
そう言って出てきたのは飯岡だった。影の方で食事を済ませたようで手には缶コーヒーが握られている。
「じゃあ飯岡さんはどう考えるんですか?」
全員の視線を浴びて一瞬飯岡は怯んだ。
「強きを憎み、弱きを守る。それが胡州侍の矜持だ。俺はそのためにここに来た。あの人も同じく遼南にやってきた。確かに身一つで駆けつけた平民上がりの俺に対してあのお方は殿上人だ。当然軍閥の一つや二つ仕切っていてもおかしいことじゃあるまい?」
そう言い切る飯岡だが、クリスはその言葉に納得できなかった。正確に言えば、その場にいる誰一人納得していない。
「胡州も波乱含みだからな。ある意味自分の力量でどうにかなる遼南の方が、しがらみだらけの胡州よりは御しやすかったと言うことじゃないですか?」
御子神のそんな一言が一同の心の中に滞留する。クリスもそれが一番あの読めない御仁の考えに近いだろうと納得した。そのようにして箸を薦めながらのやり取りはあまり意味があるものではなかった。クリスはそう思いながら周りを見渡した。
「そう言えばシャムはどうしたんですか?」
クリスの言葉に御子神はすぐに答えた。
「ああ、彼女なら食べ終わってますよ。どうせいつもどおり墓参りでしょう」
御子神はそう言うとやかんを引き寄せて番茶を湯飲みに注いだ。