従軍記者の日記 145
クリスはそのままシャムと一緒にハンガーに向かった。主が留守だと言うのにカネミツのくみ上げが急ピッチで進んでいる。2式の周りでは出動を前にした緊張感を帯びた整備兵が走り回っている。
「忙しいねえ」
シャムは熊太郎の喉を撫でながらその様子を見つめている。ハワードは整備員の邪魔にならないように注意しながら写真を撮り続けていた。
「あ、ホプキンスさん!」
ただ立っているだけのクリスに話しかけてきたのはキーラだった。
「大丈夫ですか?かなり忙しいみたいですけど」
クリスの言葉にキーラは疲れたような面差しに笑みを浮かべた。
「まあ戦場に向かえる状態に機体を整備するまでがうちの仕事ですから」
そう言うとクリスの隣に立ってハンガーを眺めていた。パイロット達の姿は無い。詰め所にいるのか仮眠を取っているのかはわからなかった。
「決戦ですかね」
クリスの言葉にキーラは頷いた。
「吉田少佐が指揮権を引き継いだと言ってもすぐに納得できる兵士ばかりじゃないでしょう。それにこの一週間の間、難民の流入による交通の混乱で資材の輸送が混乱していると言う情報もありますから」
キーラの言葉でクリスは何故嵯峨がこの基地を留守にするのかがわかった。情報戦での優位を確信している吉田はすでに嵯峨不在の情報は得ていることだろう。だからと言って打って出るには資材の確保が難しい状態である。必然的に北兼軍の動きを資材の到着を待ちながら観察するだけの状態。今のようなにらみ合いの状態が続き北兼台地の確保の意味が次第に重要になっていく状況でもっとも早く戦況を転換させる方法。
それはバルガス・エスコバル大佐の殺害あるいは身柄の確保である。
難民に潜ませた共和軍のスパイがこの基地の情報を吉田に報告しているだろうと言うことはこの基地の誰もが知っていたことだ。そして壊滅させられた右翼傭兵部隊の壊走にまぎれて北兼が工作員を紛れ込ませていることも嵯峨も吉田も当然知っているだろう。
敵支配地域に尖兵を送り、協力者を通じて潜入、作戦行動を開始する。クリスはこの一連の行動が嵯峨のもっとも得意とする作戦であることに気付いていた。
「要人暗殺、略取作戦……」
そうつぶやいたクリスを不思議そうに見るキーラ。
「出撃は明朝ですよ。休んでおいたほうがいいんじゃないですか?」
キーラの言葉を聞くとクリスはとりあえず本部に向かう。シャムは黙ってクリスを見送った。