従軍記者の日記 141
シャムは腰の帯から刀を抜いた。彼女の140cmに満たない身長にちょうど良く見える小ぶりな剣である。
「クリス達が来た森あるでしょ?」
シャムは北に見える森を眺めた。クリスも釣られてその深い緑色の山を見上げた。
「アタシはねずっとあの森で一人で居たんだ」
「どれくらい……」
そう言いかけたクリスを制するようにシャムは言葉を続けた。
「数えたこと無いからわからないくらい長い間ずっと一人だったの。昔ね、女王様からこの森を守るように言われて、ずっと一人でいたんだ。それが当たり前だと思っていたし、困らなかったからね」
シャムはそう言いながら剣を撫でた。
「でもある日、おとうに会ったんだ。怪我をしていたんだよ、足を挫いたって言ってた。アタシは看病してあげたんだ。そしたらうちに来ないかって言われて。でも約束があるからって言ったんだけど、寂しいだろって言われて……」
「寂しかったのかい?」
そんなクリスの言葉に、静かにシャムは頷いた。
「それでこの村に来たの」
クリスはシャムの言葉に当時のこの村の姿に思いをはせた。見慣れた山岳民族の部落である。遼州羊やジャコウウシが群れを成して歩き回り、子供が笑い、女達が機を織るありきたりな村。そんな村の暮らしがあったのだろうということは、壁が崩れ、柱が倒れ、屋根が抜けた民家の残骸を見れば簡単に想像がついた。
「村でね。はじめは誰もあたしと喋ってくれなかったの。鬼だとか魔物だとか。会うときは笑っているんだけど、おとうのいないところではみんなおとうの気まぐれだって笑ってたんだ。みんなアタシが一人でいると逃げ出しちゃうし……」
「でも友達が出来たんだろ?」
クリスが水を向けてやると、シャムの顔に笑顔が戻った。
「グンダリは違ったから、他の子供とは。アタシが笛を落として泣いていたんだよ。そしたら『これ、アンタのだろ?』って。それで一緒に話すようになったんだ」
腰の横笛を撫でてシャムは笑う。
「グンダリは村長の娘だったんだ。いろんなことを教えてくれたよ。テレビを見せてくれたのもグンダリだったんだ。村にはテレビは村長の家と学校にしかなくて。学校のテレビは触っちゃいけないって言われてたけど、グンダリのテレビはアタシも見てもいいって言ってくれたんだ」
嬉しそうに話すシャムの姿にクリスは釣られるようにして微笑んだ。
「でもね。三度目の春を迎えた時、北兼王が挙兵なさると言うことで大人はみんな銃を持つようになったんだ。おとうもクロームナイトを持ってきて北兼王に従うって言ってたんだけど……」
そこまで話したところでシャムは下を向いてしまった。