従軍記者の日記 14
「あのスケベ親父、帰ってきてるの?」
レムが露骨に嫌そうな顔をしながら柴崎を見つめる。その状況が滑稽に見えて思わずクリスは思わず後ろに立つキーラの顔を見つめた。彼女もレムの言葉に同意するように首を縦に振っている。じりじりと近づいてくるレムに柴崎は諦めたように叫ぶ。
「俺に言っても仕方ないじゃないですか!まあ、あの人の情報は確かだって、隊長も言ってますし」
「確かに情報網は認めるけど……この戦争が終わったら訴えましょう」
そう言うと明華はハンガーを後にする。クリスは彼女達の態度で招かれざる情報将校の人となりを知った。
「クリス!俺はしばらく写真を撮らせてもらうよ!」
ハワードは相変わらず、整備兵に案内を受けながら二式の撮影を続けていた。
「楠木少佐。もしかして名前は伸介じゃないですか?」
当たりをつけてクリスは明華に聞いてみた。先頭を歩いていた明華がその言葉で立ち止まる。めんどくさそうに明華が彼を見上げる。
「そうですよ。先の大戦時に当時の胡州陸軍特別憲兵隊遼州派遣隊の副官をしていた人物」
明華はそこまで言うと言葉を止め、クリスを振り返る。
「そして上級戦争犯罪被告人」
先の大戦。強権政治で戦争に踏み出した遼南皇帝ムジャンタ・ムスガ。革命勢力と民主化を要求するゲリラ達により悪化した治安を引き締めるために、胡州から呼び寄せた『悪魔』の異名を持つ特殊部隊があった。情報収集と拠点急襲に特化した恐怖の憲兵部隊は『人斬り新三』の異名を取る嵯峨惟基に率いられ、多くのゲリラやレジスタンスの殲滅活動を実行した部隊だった。
その活動の主力を担っていた男の存在に、クリスは興味を引かれた。生死不明。それが米軍の情報網の結論だった。圧倒的な物量で胡州・遼南連合軍を駆逐した遼北の紅軍の波に飲み込まれ、彼らは死に絶えたと言うのが普通の見方だった。そしてその戦死者のリストの中に楠木という情報将校の名も並んでいた。
「楠木氏ですか。ずいぶんと微妙なところから来た人材ですね。大丈夫なんですか?」
先の大戦の激しさを知るクリスは一人の将校の生死など終戦協定の取りまとめの中で外務官僚にとって取るに足らない事実として扱われていたことは知っていた。そんな彼の問いにめんどくさそうな表情の明華が答える。
「そう?適材適所って奴よ。敵地潜入、情報操作、かく乱作戦。人格はともかく最高の人材じゃないんですか」
明華はそう言うと再び隊員達を引き連れて本部の建物に入る。
「よう、姉ちゃん」
中背中肉。四角い顔に、小さな目鼻が並んでいる男が明華に声を掛けた。露骨に不機嫌そうな顔で男を見つめる明華。ルーラとレム、そしてキーラもあまり良い顔はしていない。
「そう邪険にしてくれるなよ。いい話が出来そうだって言うのに」
男はそう言うとがっちりとした口元から、タバコのヤニに染まった黄色い歯をむき出して笑みを浮かべる。確かにこれでは好感を持てというほうが難しいだろう。楠木はそのまま手を振ると、階段の方へと消えていった。
明華は不愉快な気分をどうにかしようと、大きく深呼吸をしてから二階への階段を上りだした。クリスもキーラ達の後に続いて急ぎ足で階段を上る明華を追いかけた。