従軍記者の日記 138
「ったくなんだって言うんだ……」
そこに入ってきたのは飯岡だった。彼はタオルを首からさげながらぶつぶつとつぶやいて空いたパイプ椅子に腰掛ける。
「なにか会ったんですか?飯岡さん」
話題を変えようとキーラは飯岡に話を投げた。
「ああ、見慣れない団体が会議室の周りにうろちょろしてるんだ。帯刀している士官風の奴も居たからあれは胡州浪人だな。なんだって今頃そんな奴等が……」
そう言うと飯岡は目の前にあった飲みかけのセニアの冷めたコーヒーを飲み干した。
「あーあ」
ルーラがそれが御子神の飲んでいたコップだと気づいて声を上げる。
「御子神さんに教えておこう」
「ガサツなんだから本当に」
レム、キーラが飯岡の手にあるカップを見つめる。
「なんだよ!喉が渇いたんだから仕方ないだろ!」
言い訳する飯岡だが、クリスは彼の言葉に興味を持っていた。
「見たことの無い胡州の軍人?」
逃げるように彼女達から視線を反らした飯岡に尋ねた。
「ああ、文屋さんなら心当たりあるかな?一応、人民軍の制服は着ていたが、どうも北天の連中とはまとってる空気が違う。それに楠木の旦那と話をしていたから隊長の関係者だと思うんだがな」
今度は誰も手にしそうに無いのを確認してから机の上の団扇で顔を扇ぎ始めた飯岡。
「胡州陸軍遼南派遣公安憲兵隊。前の戦争でゲリラ掃討で鳴らした嵯峨惟基の部隊だ」
それまで黙って飯岡の話を聞いていたジェナンが放った言葉は周りの空気を凍らせる意味を持っていた。
「でもそれってそのまま隊長の下河内連隊に再編成されて南兼戦線で全滅したはずじゃあ……」
キーラのその言葉にジェナンは静かに後を続けた。
「公安憲兵隊は市街地戦闘でその威力を最大限に発揮する部隊なんだ。確かに上層部の恣意的な人事で嵯峨や楠木と言った幹部はそのまま下河内連隊に再編成されて全滅したけど多くはそのまま胡州の占領地域でのゲリラ狩りや国内の不穏分子の摘発に回されたと聞いている」
「つまり幹部連から引き離された兵隊達が隊長を慕って加勢に来たって話ですか?」
レムの言葉にジェナンは頷いた。
「公安憲兵隊はそのやり口で一兵卒に至るまで戦争犯罪者として指名手配がかかっている。つまり彼らには頼りになるのは嵯峨惟基という人物しかいない。元々大貴族の私領として拡大した胡州星系のコロニー群。閉鎖的なその環境なら戦争犯罪人を多量に抱え込むことなんて造作も無いことだ。そうじゃないですか、ホプキンスさん」
ジェナンに話題を振られたクリスは静かに頷いた。
「次にあの人物がどう言う行動を取るか。それを僕は見定めるつもりだ」
そう言うと彼は静かに話を聞いていたライラに視線をあわせた。ライラはジェナンの瞳がいつもと違う光を放っているのを見て少し困惑した。