従軍記者の日記 137
セニアと御子神が出て行くのを見守るクリス達。
「それにしても早いわね」
「たぶんここまでの手順は嵯峨中佐は準備していたみたいだよ」
クリスのその言葉にジェナンとライラは頷いた。
「本当に?あの人一体何手先まで読んでるの?」
「相手が投了するまでじゃないの?」
ルーラの叫びにレムが淡々とこたえた。そんなレムの言葉にクリスは共感していた。
『あの御仁なら、そこまで考えていなければ戦争を始めたりしないだろうな』
嵯峨がわざわざ追放された故郷に帰ってくるのに郷愁と言う理由は曖昧に過ぎた。彼はどこまでも軍人だった、それも戦略を練る政治家としての顔さえ垣間見えるような。情で動く人間とは思えない。嵯峨とは相容れないゴンザレスと言う男の政権でどれほどの人間が傷つこうが彼には他人事でしかない。その濁った瞳にはすべての出来事が他人事にしか映っていないはずだ。クリスはそう確信していた。
クリスは思い出していた。嵯峨惟基がかつて胡州の国家改造を目指す政治結社の創立メンバーの一人であったことを。そして陸軍大学校時代、嵯峨は既得権益を握った貴族制度が国家の運営にいかに多くの障害となると言う論文を発表し新進気鋭の思想家として胡州の若手将校等の支持を得ていた人物であるということ。
しかし、彼は結婚の直前、自らの著作をすべて否定する論文を新聞に発表し論壇を去った。彼の以前の過激な思想に不快感を持っていた胡州陸軍軍令部は彼を中央から遠ざける為、東和共和国大使館付きの武官として派遣した。それ以降、彼は決して自らの思想を吐露することを止めた。
この取材に向かう前に嵯峨と言う人物を知るために集めた資料からそのような嵯峨という人物の過去を見てきたクリス。そして今の仙人じみたまるで存在感を感じない嵯峨と言う人物の現在。そう言った嵯峨の過去を目の前の部下達が知っているかどうかはわからない。だが、今の嵯峨にはかつての力みかえった過激な思想の扇動者であった若手将校の面影はどこにも無かった。そして彼の部下達はただ嵯峨を信じて彼の実力に畏怖の念を感じながらついてきている。
「だから、二式の性能でM5はどうにかなる相手なの?」
ぼんやりと考え事をしていたクリスの目の前でルーラがキーラを問い詰めていた。
「確かにM5はバランスは良い機体よ。運動性、パワー、火力、格闘能力。どれも標準以上ではあるけど、ただアメリカ軍のように組織的運用に向いている機体だから南部基地みたいに指揮系統が突然変更されたりする状況ではスペックが生かせない可能性が高いと言ってるのよ」
「吉田少佐にはそのような希望的観測で向かうべきじゃないですよ。百戦錬磨の傭兵だ。甘く見れば逆に全滅する」
キーラの言葉をジェナンがさえぎった。
「ずいぶん弱気ね」
つい口に出したというライラの言葉にルーラが目を向ける。
「そうじゃないわよ!ルーラが言ってるのはちょっと急ぎすぎじゃないかと……」
「やはりびびってるんじゃないの」
ルーラとライラがにらみ合いを始めた。きっかけを作ったキーラとジェナンはただ二人をどう止めるべきか迷っていた。