従軍記者の日記 131
「ホプキンスさん何をしてるんですか?」
パンを難民に渡す手伝いを始めたクリスに声をかけたのは伊藤だった。
「ああ、とりあえず僕に出来ないことがないかなあと思って」
「別にそれは良いんですが、取材はどうしたんですか?」
「これも取材の一環ですよ」
そう言うクリスの肩を叩いて伊藤は感心したような笑みを残して人ごみに消えた。未だに難民の群れは止まることを知らない。新しくやってくるのは車やオートバイで逃げてきた難民達。徒歩で来た人々は休憩を済ませるとすぐに輸送機で後方に向かっていた為、残されたのは比較的若い人々だった。若い男の中には軍への志願手続きを終えて似合わない軍服に身を包んでいる者もいた。
「なんだ、お前も志願したのか!」
スープを盛り分けている若い炊事班員がそう声をかけるところから見て、どうやら彼も朝の志願兵受付に応募した口らしい。あちこちで着慣れない軍服を笑いあう若者の姿が見える。
「ようやく終わったみたいですね」
クリスは隣の太った炊事班員に声をかけた。ふざけあう元難民の隊員達だけが残された広場を見て、彼は満足げに頷くと空になった鍋を持ち上げようとした。クリスが手を貸してかまどから持ち上げられた鍋を駆け寄ってきたつなぎの整備班員に渡す。
「いやあ千客万来だけどなあ、夜は作り過ぎないようにしないと材料が無くなっちまう」
両手を払いながらその太った整備班員が笑った。クリスもそれにあわせて笑っていた。右派民兵組織が壊滅した今、この基地にとっては北兼台地南部基地への侵攻作戦の準備に取り掛かる絶好の機会であることはどの隊員も自覚しているところだった。炊事班の補助をしていた管理部門や通信部門の隊員は早速本部ビルに駆け足で向かっている。
「ご飯食べたの?」
そう言って近づいてきたのはシャムと熊太郎だった。
「いやあ、そう言えば忙しくて食べられなかったなあ」
そう言うクリスにシャムは手にしたパンを差し出した。
「コーヒーくらいなら詰め所にありますけど……」
シャムの後ろから近づいてきていたキーラ。クリスは何を言うべきか迷いながら彼女を見つめた。その白い髪が穏やかな午後の高地の風になびく。思わずクリスも彼女に見とれていた。
「じゃあご馳走になりますよ」
そう言ってクリスは嬉しそうにハンガーに向かうキーラの後に続いた。