従軍記者の日記 127
「さあて、報告書。たたき返されてるかねえ」
執務室の階でエレベータは止まる。嵯峨のいつものシニカルな笑みが垣間見える。
「それじゃあ、失礼」
そう言うと嵯峨はエレベータを降りた。代わって入ってきたのはキーラだった。
「どうしたんですか、ジャコビンさん」
クリスの言葉に少しキーラの顔が曇った。
「あーあ、これなら東和に移住するんだったわ」
「ああ、遼北の人造兵士移住計画ですか。応募したんですか?」
そう考えも無く発せられたクリスの言葉に、キーラは少し悲しそうな顔をした。
「まあ、いいか。書類取りに来て会えたんだもんね」
誰に話すでもなくキーラがつぶやく。ちらちらとクリスの顔を見るキーラ。だが、クリスには先ほどの会合の余韻が残っていて、彼女の頬が赤らんでいることに気付くことが出来なかった。
何も言葉が交わされることが無かった。一階でエレベータの扉が開くと、キーラはそのままクリスを無視して歩き出そうとした。
「ジャコビンさん!」
「キーラって呼んでくれないんですね」
振り返ってそれだけ言うとキーラはそのまま本部に入ってきた北兼軍の兵士達の中に消えた。クリスはそのまま本部を出た。難民達が陸路を行くトラックと空路を行く輸送機に振り分けられているのが見える。
「あーあ、詰まんないの」
シャムはかごの中のカブトムシやクワガタムシを見つめながらつぶやいている。
「どうしたんだ、一人で」
声をかけたクリスに目を輝かせているシャムがいた。隣の熊太郎も嬉しそうに舌を出している。
「これ、あげるね」
「逃がしてやればいいのに」
クリスの言葉に、シャムは不思議そうにしていた。
「なんか、君。それを食べそうな目をしているんだけど……」
「カブトムシの成虫は食べないよ!」
シャムはそう言い切った。
「じゃあ幼虫は食べるんだね」
「うん!やわらかくて甘いんだよ!」
クリスは昔、地球の東南アジアでの紛争によりこの星へ移民してきた人達が喜んで巨大なカブトムシの幼虫をほおばっている映像を見たのを思い出した。