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従軍記者の日記 125

「だがこの戦いが終わるまで私の体は持たないだろう。そのことくらいはこの年になれば分かる」 

 伊藤は励ましの言葉をかけようと身を乗り出したが、ダワイラは彼を制した。

「癌だとわかったのは十年前だ。ちょうど伊藤君達が武装蜂起を始めた頃だろう。私もその頃は病魔などに負けてたまるかと手術をすることに戸惑いなど無かった」 

 静かに天井を見つめるダワイラ。その目は非常に穏やかだった。

「私にしか出来ないことがある。私にしか伝えられない言葉がある。そう信じていた。医者が止めるのも聞かずに胃を切って一週間でゲリラのキャンプを視察したものだよ。まるで私が胃を半分切り取った人間ではないかのように彼らの笑顔が元気をくれたものだ」 

 遠くを見る視線のダワイラを三人が見守っていた。

「しかし、きれいごとでは政治は、人は動かないよ。そのことがわかり始めたとき、今度は癌が大腸に転移したと診断された。このときは少しばかりメスを入れるのをためらったね。ここで私が現場を離れれば人民政府は瓦解すると思ったんだ。結局周りの説得で入院することになったが、思えばこの頃から私はもうただの飾りになっていたのかもしれないな」 

 誰も言葉を挟むことが出来なかった。ダワイラの言葉ははっきりとしていた。そして悲しみのようなものが言葉の合い間に感じられた。

「そして北天を首都とする人民政府樹立宣言を発表したのだが、肺に癌が転移していると聞いたときはもう手術はやめることにしたよ。誰もが支援先の遼北の方を向いていることに気づいたとき、私は道を誤ったことを理解したよ。そんな老人がいつまでも権力を握っていることは良いことではない。彼らも私から独り立ちすれば自分の過ちを素直に認められるようになる、そう思ったんだ」 

「ずいぶん甘い考えですねえ」 

 そう言ったのは嵯峨だった。そんな彼を一目見ると、ダワイラは満足げな笑みを浮かべた。

「そうだ。私は性善説をとることにしている。いや、科学者は性善説を取らなければ研究など出来ないよ。その技術が常に悪用されるということを前提に研究をする科学者が居たら、それは人間ではない、悪魔だよ。それは三流物理学者の僻みかも知れないがね」 

 再び嵯峨を見て笑うダワイラ。彼が北天大学の物理学博士であった時代の面影が、クリスにも見て取ることが出来た。

「国を打ち立てるには理想と情熱が必要だ。だが、それを守っていく為には狡さと寛容を併せ持つ人物が必要になる。今の人民政府には狡さはあっても寛容と言う言葉がふさわしい人物が居ない」 

「僕はただずるいだけですよ」 

「いや、そう自らを卑下できるということはそれだけ人を許せる人物だと言っている様なものだ、自分の言葉が絶対的に正しいと信じ込んでいる人間は自分を卑下することも、人を許すことも出来ないよ」 

 ダワイラがそう言ったとき、伊藤の通信端末が鳴った。

「どうやら時間のようだ。ホプキンスさん、だったかね」 

「はい」 

「この会談の記事は少し発表を待ってくれないかね。いつか嵯峨君がこの遼南を治める日が来た時、その日まで……」 

 そこまで言うとダワイラは力なく笑った。クリスは何も言えずにただダワイラと言う老革命家のやせ細った手を握り締めた。

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