従軍記者の日記 122
「ああ、いましたね。ホプキンスさん!」
駆けてきたのは伊藤だった。珍しく動揺している伊藤を不思議そうにクリスは見つめていた。
「どうしたんですか?慌てて」
周りの親子連れの難民が不思議そうな顔で、息を切らして立ち止まった政治将校の様子を伺っていた。
「ちょっと……待ってください……」
相当走り回ったのか、伊藤はネクタイを緩めてうつむきながらしばらく息を整えていた。
「大丈夫ですか?」
クリスの言葉に苦笑いを浮かべる伊藤。
「実は嵯峨隊長が会わせたい人物がいると言うことなので来てくれませんか?」
思い当たる相手が想像できず、クリスは当惑した。難民や胡州海軍の施設である別所で十分クリスは衝撃を受けていた。それを上回る人物らしいと思うと心当たりが無かった。
「あの嵯峨さんがですか?」
「行ってこいよ、俺はしばらく写真を取る」
ハワードはフィルムの交換をしながらクリスに告げた。
「そうか、じゃあ伊藤中尉、お願いします」
ようやく息を整えた隼は愛想笑いをするとそのまま本部へと歩き出した。本部の前では北部への出発を前にしてシャムに礼をしている親子連れの姿が見えた。彼らから見ても、黙って隣で座っている熊太郎が珍しく見えるらしく、撫でたり引っ張ったりしている。
「こちらです」
そんなほほえましい光景も目に入らないといった伊藤だった。彼がいつに無く緊張しているのはすぐに感じ取れた。本部ビルは相変わらず閑散としていた。だが、伊藤が厳しい視線を送る先に居る武装した人民軍の兵士が居るところから見て、人民政府の高官が来ているらしいことがわかった。
「本当に私が来て良かったんですか?」
クリスは小声で訪ねるが、伊藤は答えようとはしない。エレベータに乗り込む。
「なんだよあの仰々しい警備。まるで囚人じゃねえか」
ゆっくりと上がっていく箱の中で、伊藤は吐き捨てるようにそう言った。その憎たらしげにののしる様子をクリスは不思議に思いながらあがっていくエレベータの感覚を感じていた。着いたのは最上階のロビー。嵯峨が目の前の点滴を受けている老人と話を続けているのが見えた。