従軍記者の日記 119
「隊長!」
大きな声とともに乱暴に執務室の扉が開けられる。入ってきたのは楠木だった。
「おい、ノックぐらいしようや」
「そんな悠長なことを言う……」
「大須賀のことだろ」
新しいタバコの箱を開けて一本取り出すと火を点す。クリスが楠木の顔を見ていると彼は泣いていた。
「あいつは覚悟していたはずさ。潜入作戦というものはいつだってそうだろ?見つかれば間違いなく殺される。それを覚悟で共和軍に入ったんだ」
「わかってますよ!それは。でも……」
泣いている楠木。鬼の目にも涙と言う言葉がこれほど当てはまる光景をクリスは見たことが無かった。
「じゃあ泣くより仕事してくれよ。明華が難民の最後尾を警戒してるんだ。いい加減帰してやりたいだろ?」
「わかりました!」
楠木はそう言うと敬礼をして執務室を後にする。
「工作員が消されたんですか?」
「まあね」
嵯峨は静かにタバコをふかす。視線が遠くを見るようにさまよっている。
「下河内連隊時代からの子飼いの奴でね。楠木とははじめは相性が悪くて俺もはらはらしてたんだがあの地獄を生き延びたことでお互い分かり合えたんだろうな」
煙は静かに天井の空調に吸い込まれていく。
「吉田少佐の仕業ですか?」
「だろうね。共和軍にはそれほど情報戦に特化したサイボーグは多くない。特に北部基地にはあいつしかいなかったはずだから情報の枝をつけて探りを入れるようなことが出来るのは吉田一人だろうね」
クリスはそこで北部基地で出逢った成田と言う士官を思い出していた。
「もしかして大須賀さんは成田と言う偽名を使って無かったですか?」
「良くご存知ですね」
静かにクリスを見つめる嵯峨。だが、嵯峨の珍しく悲しみをたたえた瞳を目にしてクリスは語るのをためらった。
「まあ、俺が吉田の立場でも同じことをしただろうからね。恨んだところで大須賀は戻ってこないんだ」
そう言うと嵯峨はタバコを灰皿に押し付けた。