従軍記者の日記 118
「ああ、タバコ切らしちまったか」
そう言うと嵯峨はそのまま本部に入る。人影がまばらなのは早朝だということよりも難民に手を奪われてるからだろう。
「まあ、みんな良く働いてくれますよ」
そう言いながら嵯峨はそのままエレベータに乗る。
「これからどうなるんですか?」
クリスの問いに、表情も変えない嵯峨。
「まあ、北天や遼北には受け入れを頼めるわけも無いですからねえ。とりあえず西部の西ムスリム国境に現在仮設住宅を建設中というところですな」
いつにも無くすばやく動く嵯峨、彼は真っ直ぐ自分の執務室に入った。机の上にはいつの間にか出ていたコンピュータの端末が置かれていた。嵯峨は執務室にどっかりと腰を落ち着けるとその電源を入れる。
「ゲリラは後方の設備建設に従事させるわけですね」
「まあ、あの連中もいつまでも追いはぎの真似事をさせとくわけには行かないでしょ?」
そう言うと嵯峨は黙々と端末のキーボードを叩き始めた。
「ずいぶん余裕があるんですね」
「余裕?そんなものありませんよ」
一瞬、画面から目を離した嵯峨の瞳はいつものようにどろんとして生気を感じないものだった。そのままその視線はモニターに釘付けになる。そのキーボードの入力速度は異常と思えるほど早かった。本当にこの人物は北天からの書類を読んでから判断しているのか、クリスには疑問だった。
「今、ここを攻撃されたらおしまいなんじゃないですか?」
「ああ、それはないなあ」
嵯峨は今度はモニターを見つめたままで即答した。
「吉田は金をもらって仕事をしてるんでしょ?依頼内容に無いことは絶対しない男だ。まあ、こっちから手を出すまでは動きゃあしませんよ」
キーボードを叩く速度は全く落ちることが無い。
「ですが、攻撃は最大の防御で……」
「腕や名前を売る必要の無い兵隊さんなら絶好のチャンスと見るでしょうね。いくら難民が死のうが勝てば良いわけですから」
淡々と作業を続ける嵯峨。
「だが戦争屋で吉田俊平クラスになると金が払えるクライアントは限られてくる。大手の財閥の民間軍事会社や今回みたいに直接政府と契約をすることになるわけですが、あんまりえぐいことをやれば信用に関わる。あいつも今動くことが得策ではないことぐらいわかっているんじゃないですか?」
嵯峨はキーボードを叩く手を止めると、机の引き出しからタバコの箱を取り出した。