従軍記者の日記 117
本部ビルの前に子供達の一群が出来ていた。クリスが近づけば、その子供達の手にはカブトムシやクワガタが握られている。
「じゃあ、次の対戦相手は誰だ!」
「はい!アタシ!」
そう叫んだ少女の前、子供達の歓声の中、座り込んでいるのは嵯峨だった。一際大きなカブトムシを手に持った彼が、薄汚れた桜色のワンピースを着た少女のクワガタを受け取ると、板の上に二匹を乗せる。
「じゃあ、これで勝てば十二連勝だぞ!」
「僕のも、次は勝てるよ!」
「馬鹿だなあ、あんまり連続で対戦すると死んじゃうぞ。俺は次はコイツを出すつもりだから」
嵯峨がそう言って取り出したのは大きなクワを翳すクワガタだった。
「じゃあ!はじめ!」
嵯峨の言葉に虫の激闘が始まる。
「あのー」
クリスは笑顔を振りまく子供達の間を抜けて嵯峨の隣に立った。
「ちょっと待ってくださいよ!」
嵯峨はそう言うと自分のカブトムシをせきたてる。目の前の少女も自分のクワガタの角が嵯峨のカブトムシの体の下に差し込まれたのを見て雄叫びを上げる。
「やべえ!」
嵯峨のカブトムシは連戦で疲れたのか、そのままじりじりと後退を始めた。
「行っけー!」
少女の心が届いたようにクワガタはじりじりと土俵の外へと嵯峨のカブトムシを追い立てる。
「だめか?だめか?」
嵯峨の言葉に戦意をそがれたように、カブトムシはそのまま土俵の下に落ちた。
「やったー!次はアタシが対戦するよ!」
嵯峨は頭をかきながら立ち上がる。子供達は次に誰が少女のクワガタに挑戦するかを決めるじゃんけんを始めた。
「すいませんねえ、ホプキンスさん。つい童心に帰ってしまって」
そう言いながら嵯峨は本部ビルに歩き始めた。
「しかし、ずいぶん用意が良いんですね」
「ああ、あの虫は今朝、採って来たんですよ。まあ、シャムに取れそうな場所を教えてもらいましたから」
嵯峨はいつものように胸のポケットにタバコを漁っていた。