従軍記者の日記 110
「もう三十年、いやそれ以上かもしれないな。地球人が来ようが関係なくこんな光景が繰り広げられてきた」
後ろで声がしたのでクリスは振り向いた。タバコを吸いながら嵯峨は静かに座っていた。
「見てたんですか?」
「まあね」
そう言いながらタバコをふかす嵯峨。
「しかし、ここらで終わりにしたほうが良いよね」
嵯峨はそう言って立ち上がった。
「あなたにはこの状況を終わりにするべき義務があると思いますよ」
クリスは本部に消えようとする嵯峨の背中に叫んだ。
「そうかも知れませんね。だが俺も神じゃない。でもまあ、ベストは尽くすつもりはありますよ」
嵯峨はそのまま本部に向かった。クリスは再び難民達の方に目を向けた。本部の裏手の倉庫から大量のダンボールを運び出す兵士の一群が現れた。そして輸送機からの荷物を運び出す隊員と合流してテントの下で受付の準備をしている管理部門の隊員の姿が見える。それを仕切っている伊藤を見つけるとクリスはそこに駆けつけた。
「ずいぶんと準備がいいですね」
「なにか問題あるんですか?……そこ!それは炊き出し用の白米だろ?そのまま食えるものを持って来いって言ったんだ!」
伊藤に怒鳴りつけられた政治局の腕章付きの下士官が頭を下げながら持ってきたダンボールを運び出す。
「戦争にはね、タイミングと言う奴があると隊長から言われてましてね。あなたに連絡を取ったのはこの日のためってこともあるんですよ。見ての通り遼南は貧しい。先の大戦では遼州枢軸三国と浮かれていたが、この有様を見てわかるとおり貧しい国なんですよ」
伊藤の口からの言葉が悔しさに満ちていた。クリスは彼の前に積み上げられていくレーションの山を見つめていた。難民達はすぐにそれを見つけて集まり始める。
「待ってください!数は十分にありますから!」
受付でキーラが支給品に次々と手を伸ばす難民達に声をかけていた。シャムが大きな鍋の下に入り込み火を起こしている。別所は運び込まれる栄養失調の子供達の胸に聴診器を当てている。そしてハワードはそれらを一つ一つ写真に収めていた。それでもまだ難民の列は途切れることなくこの村に向かって続いていた。