従軍記者の日記 109
「嵯峨中佐はこれを偽善者ごっこと呼んだが、君はどう思う」
自然とクリスの口からそんな言葉が漏れた。キーラの肩は震えていた。
「ごっこでも何でも、どうして誰もこんなことになるまで手を出さなかったんですか?」
言葉が震えている。キーラは泣いていた。
「いつもそうだよ。戦争ではいつもこうなるんだ」
声がしてクリスが振り返った先には民族衣装のシャムが立っていた。いつもの明るいシャムではない。彼女の目はようやくたどり着こうとしている渓谷に沿って続く難民の群れに向いていた。車、馬車、牛車。ある者はロバにまたがり、ある者は自らの足で歩いている。クリスもキーラも彼らから目を離すことは出来なかった。日の出の朝日が彼らを照らす。そうなればその残酷な運命を背負った難民達の姿が闇の中から浮き上がって見えた。
髪は乱れ、着ている服は垢にまみれた。こけた頬が痛々しく、その振られることの無い腕は骨と筋ばかりが見える。護衛に出た北兼の兵士から配られたのだろう。難民支援用のレーションだが、いつ襲ってくるかわからない右派民兵組織に備えてか、誰もが手をつけずに大事そうにそれを抱えていた。
「どいてくれ!病人だ!」
サイドカー付きのバイクにまたがった兵士がサイドカーに老婆を乗せて難民の列の中を進んでくる。テントの下に寝かされている病人達の間から別所と看護士達が止まったバイクに駆け寄っていく。
「シャムちゃんは見たことがあるんだね。こんな光景を」
クリスは黙って難民の様子を窺っているシャムに尋ねた。
「この道をね、いっぱい通ったんだよ、こう言う人が。みんな悲しそうな顔をして北に逃げるんだ。でも誰も帰ってこれないよ」
静かに話すシャムの言葉を聞いて、再びクリスは難民の列に目を向けた。朝日を浴びて空から輸送機がハンガー裏の空き地に降りてくる。国籍章は東和。ハンガーにたむろしていた兵士が着陸する垂直離着陸の輸送機の方に駆け出した。
「支援物資ですね。私も行きます」
そう言うとキーラは輸送機に向けて走り出した。シャムもその後に続く。クリスはこの光景を見ながらただ呆然と立ち尽くしていた。