従軍記者の日記 106
「起きてください!クリスさん!」
ドアを叩く音、そしてキーラの甲高い声が部屋に響く。起き上がったクリスは隣のベッドにはまだハワードは戻ってきていないことを確認した。昨日の一件を記事にまとめて、そのままシャムとキーラの二人と雑談をしたあと、難民が現れたら起こしてくれるよう頼んでクリスは仮眠を取っていた。
「ああ、ありがとう。来たんだね」
クリスはいつものように防弾ベストを着込むとドアを開けた。
「ありがとうジャコビン曹長」
「キーラでいいですよ」
キーラはそのまま帽子を深く被りなおしながら歩くクリスの後に続いた。
「こう言うのはやはり何度も取材されているんですか?」
白いショートの髪をなびかせて着いてくるキーラを振り向くと、クリスは思い返していた。
「あまり無いねえ。どの国も組織も恥は公にはしたくは無いものさ。自分達の政策で生活を破壊された国民がいるという事実は上層部の人間には不愉快以外の何物でもないからね」
そう言うと上がってきたエレベータに二人は乗り込んだ。
「昨日は徹夜かい?」
「ええ、隊長のあの機体が馬鹿みたいに整備に時間がかかるんですよ。実際、あんなに手間がかかる機体なら今のスタッフじゃ運用は無理ですよ」
そう言われてキーラのつなぎを見てみた。比較的きれい好きな彼女にしては明らかに油のシミや埃が浮き出して見える。
「これという時の切り札に使うんだろうね、あの人は」
そう言うとクリスは開いたエレベータの扉を抜けて本部ビルの扉に手をかけた。夜明け直前と言った闇の中にテントが見える。しかし、昨日まで英雄の降臨に沸いていたゲリラ達の姿は見えない。
「ああ、彼等は北天街道までの工事を行う為に移動しましたよ」
「なるほどねえ」
外に出ると、格納庫での作業音以外の音がしないので少し寂しくもあった。
「補給線の確保に兵力を割くのは隊長の昔の教訓なんでしょうね」
キーラはそう言うとそのまま村のはずれまでクリスを案内して来た。クリスも渓谷に沿って続く細い道を眺めながら、夜明けの寒空を眺めていた。
「しかし、夜通し行軍とは」
「仕方が無いでしょう。北兼台地南部基地の司令官に吉田俊平が招聘されたそうですから」
キーラの言葉に暗澹たる気持ちになりながら、ようやく先頭を走る北兼軍のホバーのヘッドライトが目に入ってきてクリスはそちらに目を向けた。