従軍記者の日記 105
吉田はポケットからコードを取り出すと耳の後ろのスロットにそれを差し込み、反対側を倒れた情報将校のコードを引き抜いて端末に接続した。
「なるほどねえ」
エスコバルは一人感心している吉田をいらだたしげに見つめていた。彼の直属の護衛の兵士達はそんな吉田を腰の拳銃に手を当てながら取り巻いている。
「さすが胡州の侍だ。自分がやられることを計算に入れて情報の大半は消去済みか。こりゃあデータのサルベージには早くて二時間はかかるな」
端末のモニターがとてもエスコバルに追えない速度でスクロールしている。
「何が言いたいんだ!第一、胡州浪人なら我が軍にもたくさん所属しているぞ!」
「ああ、この成田と言う男の正体を知らないからそんなことを言うんですね」
吉田が下卑た笑いを浮かべながらエスコバルを見つめた。
「本名は大須賀忠胤。前の戦争じゃあ胡州帝国下河内連隊の情報担当少尉だった男ですよ」
「下河内連隊?」
その言葉にエスコバルは息を呑んだ。かつて、この北兼を通って敗走した胡州陸軍の中に、異彩を放つ部隊があった。彼等は常に追いすがる遼北軍を撃破しながら、戦友たちを南部のアメリカ軍と亡命政府軍の連合軍が占領する地域へと敗走を続けた。
遼北軍は彼らを『黒死病』と呼んで恐れた。
黒い四式を駆って戦場を駆ける嵯峨惟基率いる下河内連隊。地獄の遼南の熱波を生き延びた不死身の軍団。熾烈な戦いで培った信頼が、部下達を鬼神と呼ばれる軍団に育てることはエスコバルも手持ちのバレンシア組織の指揮官として知り尽くしていることだった。
「つまりこちらの手はすべて嵯峨には筒抜けだったというのか?」
エスコバルの言葉に頷くこともせず、吉田はガムをかみながら作業を続けていた。
「しかもこの将校さん相当なやり手ですなあ。枝をつけて情報ルートをたどろうとしたけど、心停止と同時にすべてのネットワーク接続記録がパージされるように仕組んであるねえ。情報をサルベージしてもたいしたことはつかめそうにはないですわ」
相変わらず隣に死体が転がっているというのに平然とモニターを眺めている吉田にエスコバルは恐怖を感じていた。ようやく兵士達が担架を運んできた。その上に乗せられた死体を吉田が一瞥した。
「丁重に葬ってあげてくださいよ。彼の仕事は敵ながら尊敬に値しますよ」
「それが裏切り者でもか?」
エスコバルのその言葉に振り向いた吉田は冷たい視線をエスコバルに投げた。
「腐った味方よりは敵の方がよっぽど信頼できると言うのが私の信念でしてね。俺の傭兵としての経験ですよ。こう言う人物は貴重だ。少なくともアンタにはこう言う部下はいないでしょうがね」
そう言うと吉田は再びモニターに目を向けた。エスコバルは彼に殴りかかりたい衝動を抑えながら護衛の兵達に移動の合図を出した。