従軍記者の日記 104
バルガス・エスコバルは北兼南部基地司令室から出た。直後に一発の銃声が響き、ドアの前に立っていた警備兵が部屋に駆け込む。
「ずいぶんとわかりやすい責任のとらせかたですねえ」
エスコバルの顔が声を発した共和軍の制服を来た青年士官の方に向く。
「怖い顔することは無いんじゃないですか?新しいクライアントさんですから。それなりの働きを見せないとああなることくらいはわかっていますよ」
彼、吉田俊平少佐の視線の先に、口に拳銃の銃口をつきたてた状態で即死している基地司令が運び出されるのが見える。
「なるほど、では給料分の仕事は出来ると期待していいんだな?」
エスコバルは恐る恐る口を開いた。東和の治安機関特殊部隊とほぼ同じ規格のサイボーグを前にして、彼は緊張していた。実際、吉田についての悪い噂は散々部下達から聞かされていた。血を見ることを恐れないということに自信を持っているエスコバルも、遼州星系だけでなく地球にまで呼ばれて行って敵をおもちゃのように壊して回る吉田の噂は信じたいものでは無かった。もし味方でなければつばを吐きつけているほどに、その冷酷な目つきは同じ特殊部隊指揮官出身のエスコバルにも不気味に見えた。
「それにしてもエスコバル大佐。ずいぶんとアメリカさんに嫌われているじゃないですか。今回の件だってあのかわいそうな基地司令とアメリカの技術顧問団にホットラインが一本あれば避けられた話だ」
「そんなことは言われなくてもわかっている!」
エスコバルの怒鳴り声に、恐れるどころかさらに舐めてかかるように吉田は話を続けた。
「北兼軍としてはこの北兼台地の制圧は、北天の人民軍総司令部から出された手形みたいなもんですよ。もしそれが来月の乾季までに完了しなければ両軍の関係は非常に険悪なものになる。つまりこの一月で俺とアンタの首をそろえて北天のコミュニストどもに納品しないといけないわけだ」
吉田はそう言うと噛んでいた風船ガムを膨らます。そんな彼を無視するようにしてエスコバルはそのまま司令室に入った。
「そんなに邪険にすること無いじゃないですか。一応前金の分だけの仕事はしようと思っているんですから」
そう言うと吉田は拳銃を抜いた。恐怖にゆがむエスコバルの視線には、微笑みを浮かべた吉田の顔を映っていた。彼はそのまま一人の情報将校の方へ近づいていった。情報将校は吉田の方を向き直ったが、次の瞬間にはそのあごから上が無くなっていた。脊髄から伸びるコード。情報将校がサイボーグであることはそれほど珍しくは無い。端末に集中していた女性士官が銃声を聞き振り返り、そして倒れこむ死体の血を浴びて悲鳴を上げた。
「何のつもりだ!」
エスコバルはやっとのことで声を出すことが出来た。
「成田中尉。と言うことになってますね、この男は。本当のコイツの名前、知りたくないですか?」
振り返った吉田の満面の笑みを見て、エスコバルは背筋が凍るのを感じた。