表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/183

従軍記者の日記 103

「女は強いですねえ」 

 そう言うとシンは腰の雑嚢からタバコを取り出す。そしてジェナンの方を一瞥した後、いつものように何も無いタバコの先に火が灯った。

「僕が見てきます!」 

 そう言い残してジェナンは格納庫の前の人垣に消えた。

「しかし、嵯峨と言う人物。一体何を考えているのやら……」 

 独り言のようにシンはつぶやいた。クリスはその表情の少ない顔を覗き見た。

「確かに。私もこの数日取材をしてわかったことは、彼は私のような凡人には想像も出来ない人物だということですよ」 

「そうは言っていませんよ。確かに今の状況を作り出した采配には敬意を表しますよ、揚げ足取りなんていうことは戦場では当たり前の出来事ですから」 

 そう言い切る若いイスラム教徒の将校を見つめるクリス。その男が思った以上に思慮深い性格だとわかって好意を持って彼の話に聞きいる。

「だが、彼は何のためらいも無く悪名を浴びてでも自分の、いや所属する陣営の優位な状況を作り出す。正義を語り、大義を説いて人を惹きつけるのは容易いことですよ。人間には美名のために死ぬことを喜ぶ連中はいくらでもいますから。しかし、彼は美辞麗句を用いずにこれだけの兵力を集めた。王家の威光などもう何の役にも立たないことを知っているはずの彼に何故……」 

「君子豹変す、そんなところではないですか?」 

 そう後ろから声をかけてきたのは伊藤だった。

「伊藤さん、驚いたじゃないですか」 

「すいません、ホプキンスさん。まあ、俺も初めてダワイラ博士を案内してあの人に引き合わせたときは同じように思いましたよ。あの人は迷いを見せない。迷っていると見えるときは、大体そう見せた方が得な時くらいのものでね」 

 格納庫前の広場に白いアサルト・モジュール『クロームナイト』が着陸した。ゲリラ達は歓声を上げ、そこから降りる少女と熊をまるで救世主に出会ったように歓迎している。

「たぶんここまではすべてが隊長の筋書きの上で進んでいるんでしょう。だが、もう一人の脚本家が出てきたときにどうなるか……」 

 伊藤の面差しに影が差した。

「吉田俊平少佐ですか?」 

 クリスの言葉にシンがはっとなり伊藤を見つめた。

「この状況だ。共和軍のエスコバル大佐は間違いなくバレンシア機関を動員して北兼台地への侵攻を阻止にかかるでしょうね。そして、その為に自分の手を切ることになるかもしれない刀を手にする可能性は無いとは言えない」 

 『バレンシア機関』と言う名前にクリスははっとした。遼南共和国政府に対する12度の人権問題抗議議案がフランスの提唱で地球の国連に定義され、そのたびにアメリカの拒否権で抗議は実現してはいないものの、そのうち5つの大量虐殺容疑で知られる非正規特殊部隊。ある意味共和軍の切り札と言える部隊の投入は北兼南部6県確保にどれだけの関心を共和政府が示していると言う証拠にもなり、クリスは興味を持った。

 そして吉田俊平。その写真すら一枚も無い伝説の傭兵指揮官の悪名もまたクリスの記憶には嫌と言うほど記憶されていた。そんな考え事をしているクリスを置いて二人は話を続けた。

「シンさん。いい目をしていますね。吉田俊平は傭兵だ。金さえ積めばなんでもする男と言う話ですよ。まあ実在を疑っている人も多いですが、うちの隊長の情報網では名前があがってましてね」 

 そう言いながら傾きかけた日差しを眺める伊藤。

「現代の義体の製造技術を考えれば吉田俊平の実在は確実でしょう。それに東和の菱川財閥。金になるならあの新型機の提供を北兼軍閥に、虎の子の吉田俊平の部隊を共和軍にと分配してもおかしくは無いでしょうしね」 

 シンはそれだけ言うとタバコをもみ消して吸殻をポケットにしまう。

「次の一手は共和軍がうつことになるでしょうが、どういう形になりますかねえ。手ごまは限られているはずですから」 

 そう言うと伊藤はそのまま降りてきたエレベータに乗り込んで姿を消す。

「嵯峨中佐みたいな話し方をする人物のようですね」 

 シンがそう言うのにクリスは答えた。

「きっとあれは病気なんでしょう」 

 そのままクリスは白いアサルト・モジュールの前でゲリラの歓迎を受けているシャムに向かって歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ