従軍記者の日記 102
「なあ、落ち着いてくれ」
「どう落ち着けって言うのよ!」
そうライラは宥めようとするジェナンの腕を振りほどき地面に泣き伏せた。周りで見ていたゲリラ達は彼らの英雄である嵯峨がいなくなると同時にこの少女への関心を失って散っていった。
「ライラさん。あなたは……」
「つまらない慰めなら要らないわよ。あなたも父上の敵である地球人なんだから」
そう言うとゆっくりと立ち上がるライラ。彼女は流れた涙を拭うとそのまま本部の外へと向かった。『地球人』と言う言葉が憎しみとともにこの遼州星系では使われることが多いのはクリスも痛感していた。かつて鉄器を発明したばかりの動乱の遼州大陸に入植を開始してから、地球の大国の思惑に翻弄されてきた遼州の人々にとって最大限の敵意をあらわす言葉として使われてきた。
肩を落としてジェナンに支えられて歩く少女もこの地に戦いを持ち込んだ憎むべき地球人として自分を見ている。その現実にクリスは打ちのめされていた。
「良い所にいたな、ジェナン!ライラ!」
本部の玄関の豪華すぎるエレベータが開いて現れたのはシンだった。隣の伊藤は頭をかきながら一礼するとそのまま本部の外へと駆け出して言った。
「しばらくここで世話になることになった。それなりに挨拶は済ませておけよ」
そう言ってシンは二人を置いてハンガーへ向かおうとしていた。
「ちょっと待ってください!どう言うことですか!」
驚きの表情でライラは駆け出そうとするシンをつかみとめた。
「聞いてなかったのか?俺達はしばらく嵯峨惟基中佐貴下での作戦行動を行う」
「しかし、それでは……」
ジェナンの言葉に、シンはにっこりと笑って答えようとする。
「西部から西モスレム経由なら帰還は出来るだろうが、この難民や近代戦も知らないゲリラ達を見捨てるわけにはいかないだろ?」
微笑みながらも、シンの目は少しも笑ってはいなかった。
「わかったよ。私はそれで良いわ。ジェナンはどうなの?」
ライラの一言はクリスとジェナンを驚かせた。
「本当にいいのか?父親の仇なんだろ?」
「今するべきことがある。そうじゃないの?」
ライラはまぶたを涙で腫らしてはいるが、きっぱりとそう言い切った。
「嵯峨中佐を闇討ちするつもりじゃないだろうな?」
意外な決断をしたライラをシンは心配そうに見つめた。
「そんなことはしませんよ。でも、あの男が何をするのか見たいんです」
ライラは沿う言い切ると、嵯峨の消えた野戦病院を見た。
「もし、それが父上の死を無駄にするようなことになったら……寝首ぐらい掻くかもしないけど」
そうしてライラは無理をして微笑むとゲリラ達が北兼軍に志願する為に並んでいる列を押しのけて格納庫へ走り出した。