従軍記者の日記 101
「おい、ライラ。お前さんは勘違いしてるんじゃないのか?」
嵯峨はライラの体当たりで落ちた帽子を拾いながら切り出した。
「なにがだ!卑怯者!」
「卑怯?いいじゃねえの、それでも」
嵯峨を取り巻いていたゲリラ達がそんな言葉に力の抜けたような表情をした。
「戦争はスポーツじゃねえ。人が殺しあうんだ」
一言一言、嵯峨はいつもの冗談とはまるで違った真剣な表情でライラに語りかける。
「確かに戦争にもルールがある。各種の戦争法規については俺は一応博士号の論文書くときに勉強したからな。だがその法規には今回の俺の行動は全く抵触していない」
「そう言う問題か!」
「そう言う問題なのさ」
嵯峨はそう言うとタバコを口にくわえる。
「俺は共和軍の基地司令には、難民の安全のために双方が全力を尽くすということを約束したわけだ。当然その障害になるものを俺が叩き潰すつもりだったわけだが……まああちらさんがどう言うつもりだったかなんてことは俺の知ったことじゃないよ」
「詭弁だ!」
叫ぶライラを上目使いに見据えて、嵯峨は一言つぶやいた。
「そうだよ。詭弁だよ」
その言葉にライラを抑えていたジェナンの腕が緩んだ。ライラはそのまま嵯峨の襟首をつかみあげる。
「だが、詭弁で何が悪い。戦争は殺し合いだ。詭弁の一つで命が救われるというなら俺はいくらだって詭弁を労するぜ」
ライラの腕が緩んだ。だが、嵯峨はそれを振りほどこうとしない。
「お前の親父を殺したのも同じ論理だ。あいつは利用されていることに気付かなかった。王族に生まれちまった人間は、いつだってそう言う状況に置かれることを考えなけりゃあならねえ。だがあいつにはそれが出来なかった」
「父上を愚弄するのか?」
ライラの瞳に涙が浮かぶ。
「死人に鞭打つ趣味はねえよ。だが、お前も遼南王家に生まれたのならこれだけは覚えておけ。利用されるだけの王族ならいっそいないほうがいいんだってことをな」
その言葉にライラはそのまま床に崩れ落ちた。嵯峨は振り向くことも無く、別所を連れて担架で次々と旧村役場の建物である病院に運ばれていく難民達へと足を向けた。