従軍記者の日記 100
突然、嵯峨の執務机の上の端末が鳴った。
「はいはーい。でますよー」
嵯峨はめんどくさそうに立ち上がると受話器を上げる。別所は瓶の中のキノコを取り上げて口に入れた。
「意外といけますよ」
さすが民派の有力者の懐刀と呼ばれるだけの喰えない男だとクリスは思った。自分の仕事がすべて終わったような顔をしている別所を眺めていた。次々と別所がつまむビンの中の野草にクリスは恐る恐る手を伸ばして口に運んだ。そのえぐい味に思わず顔をしかめた。
「ああ、別所君。ちょっと」
嵯峨は受話器を置くと別所の肩に手を置いた。
「君、軍医でしょ?」
「まあそうですけど……」
待ってましたと言うような嵯峨の笑みに、別所は少したじろいだ。
「あのね、難民の移送の先発隊で重症の患者を運んでいたVTOLが到着したそうなんでねえ……」
嵯峨はそう言って別所を立ち上がらせる。
「仕事はきっちり頼むわけですか」
「なあに、医者の技量を持つ人間の宿命って奴ですよ。まあ俺は弁護士の資格は持ってはいるがあんまり役に立たなくてねえ」
そう言いながら別所を立たせて執務室を後にした。クリスも酒に未練があるものの、二人を追ってまた管理部門の続く廊下に出る。大型の東和の国籍章のついた輸送機がハンガーの前に着陸しようとしているのが見える。その両脇には東モスレム三派のアサルト・モジュールが護衛をするように立っている。
「また食いつかれるだろうねえ」
嵯峨は苦笑いを浮かべながらエレベータに乗り込んだ。
「当然、あの二人は今回の民兵掃討戦のことを……」
「シンの旦那は間抜けじゃないっすよ。おそらくライラは額から湯気でも出してるかも……」
嵯峨はそう言いながら開いたエレベータから降りようとしたが、パイロットスーツを着たライラは拳銃を突きつけながら嵯峨を押し倒した。
「おい!この卑怯者!恥って言葉の意味!お前は知らないんじゃないのか!」
怒鳴り込んできたライラを周りにいたゲリラ達が押しとどめる。
「ライラ!止めろ!」
ジェナンに羽交い絞めにされてようやくライラは静かになった。ゲリラ達は銃の安全装置を外している。静かにライラと嵯峨はにらみ合っていた。